Capture One 20 de サブスクに

キャプチャーワンが12から突然20に、そしてサブスクになりました

商業的なフォトグラファーであれば、これがないと仕事にならないというソフトウェアがあります。それがキャプチャーワンです。

おそらく海外・国内のテザリングソフトにおいては、ナンバーワンのシェアを誇ります。特にスタジオでの商業撮影においては必要不可欠となっています。ハッセルだけはPHOCUSというソフトで独自の進化を遂げてきましたが、キャプチャーワンではそれ以外、ほぼすべてのカメラが使えることが特徴です。

本来はフェーズワンというデンマークの中判カメラメーカー用のソフトとして開発されました。しかし、その使い勝手、撮影からフィニッシュまでのワークフローの組み立てやすさや、高品質な画像処理により徐々にフォトグラファーからの評価が高まり、スタジオでのテザー撮影用のソフトとして進化してきた歴史があります。(初期の頃を知る人にとっては、なかなか繋がらないことでも有名でしたが…)

そのキャプチャーワンが、昨年末バージョン12だったものから20へと大きな進化を遂げました。(ビルドバージョンは13.0.2.19と表記されています)

まだ使い込んでいませんが、バージョン12に比べ、インターフェース、基本的な機能に大きな変化は見当たりません。処理速度や軽微なバグの改善がされているくらいだと思います。

12との最大の違いは、パッケージ版に加えて、サブスクリプションが選べるようになったことです。

月々2482円で利用できます。パッケージ版は¥53,227と、過去のものより値上げとなっています。

キャプチャーワンは元々、バージョンアップの頻度が非常に多いソフトでした。新機種や、カメラファームウェアのアップデートに追いつかなければならないので、どうしようもないことではあるのですが、3万くらいするソフトを毎年買い替えなければならなかったため、フォトグラファー泣かせでした笑

それがサブスクリプションになるということは、些細なバージョンアップにも自動的に対応できるため、より経済的だと言えます。

さらに、随分前にサブスク化を完了させたアドビのように、商業写真家の層を拡大することに貢献するでしょう。

アドビクリエイティブクラウドのサブスク化は、クリエイターや業界に大きな衝撃をもたらしました。

このことに関しては過去になぜ、今、アドビがすごいのかという記事を書いていますので、興味がある方は合わせて読んでみてください。

おそらくキャプチャーワンもこのタイミングを長い間狙っていました。そしてついにその時が来たという感じです。

アドビと同様のことが、テザリング界(そんな世界があるかは謎ですが)でも起こり得るでしょう。テザリングの垣根は圧倒的に下がり、さらに画像管理、現像ソフトとしてもフルタイムのプロフェッショナル以外のフォトグラファーや、ハイアマチュアの層を巻き込んでいきます。

ますます、誰でも手軽に、スタジオでのテザー撮影、カメラオペレーションが可能となります。(60を過ぎたうちの母ちゃんでもフォトグラファーのバイトができる可能性が浮上しています)

そういう意味で、今後はフォトグラファーの存在意義がますます問われる時代になります。

キャプチャーワンは一貫したワークフローを備えているため、ライトルームに加えて今後も案件内容により、頻度の高いソフトとなるのは間違いありません。個人的にはスタジオでのテザリングはC1、スナップやライブラリ管理はライトルームという棲み分けにしばらくはなりそうです。

↑ ライトルームをまだ使用したことがない人はぜひ使って見てください。

最後に頻繁に参照される、キャプチャーワンの現バージョンでの対応カメラリストも貼っておきます。

Capture One 20 対応カメラ

https://support.captureone.com/hc/en-us/articles/360002718118

GMOが4000人を在宅勤務に

コロナウィルスが話題ですが、GMOの昨日のこのニュースも話題になっていました。

東京オリンピック時や、今後の働き方を模索するかたちで、試験的な実施だとは思いますが、休日にサクッとこの号令を出せる瞬発力は素晴らしいなと思いました。

GMOは熊谷さんが代表を務める、ネット関連のサービスやインフラを提供している会社です。熊谷さんは手帳使いでも有名な方で、「一冊の手帳で夢は必ずかなう」という書籍を読んだことがある人も多いと思います。

ブログをやっている方であれば「お名前.com」レンタルサーバー のサービスで親しみがあるかもしれません。

(その他にも格安のWiMax, GMOとくとくBBモバイルWi-Fiルーター を提供していたり、事業は多岐にわたります。)

ネット関連だからこそ4000人もの在宅を実施できたとの見方もありますが、日頃からのシミュレーションや、計画にスタッフ含めて注力してきた結果だと思います。

結果がどうだったのか気になりますので、続報を待ちます。

収益限界値

「収益限界値は会社員であれば月収70万、フリーのフォトグラファーで30万の仕事を月に20本やっても600万そこそこ。カラダはひとつなのでやれる仕事量は絶対時間による上限がある。資本主義世界において臨界点を越えるには、南米の極悪麻薬カルテルのように、思考と戦略のパラダイムシフトが必要」

とは言っても、悪いことはダメですね。

トマ・ピケティでも読んで、僕たちが生きる世界観の大枠をつかんでおくことは、どのような職業やライフスタイルでも有効だと思っています。代表作である21世紀の資本の元となった [格差と再分配:20世紀フランスの資本] も次読んでみたい。

どうして人は、スパイスからカレーを作るようになるのだろう

Indian Curry

「どうして男子って、スパイスからカレーを作りたがるんだろうね。いいじゃん、ルーで。うちのお父さんもなんだよね」

そういうセリフがどこからともなく飛んで来た時に、ああ、確かにな。どうして、男子はカレーをわざわざスパイスから作りたがるのだろう、と思った。そういえばそんな風に考えたことがなかったのだ。

もちろん世の中には、スパイスからカレーを作りたがる女子だっているだろう。話がややこしくなるので、ここでばセクシャリティの問題は捉えないでおこう。

思えば、僕の友人や、知人のフォトグラファーにもカレーを(スパイスから)作るのが好きな人が多い。わざわざ汐留あたりのインド系スパイス専門店で、ホールや箱でスパイスを仕入れて、休日のすべてを費やして厨房に立ち、煮込んだものを撮影現場に持参してスタッフに振る舞ったりする。

自己満足なのか、達成感なのか、料理・食に対する情熱なのか欲望なのか。

今はココイチに行けば、あるいはルーを使えばもっと簡単に、時間をかけずに(そしてまずまずの美味しさの)カレーを食べることができる。

仕入れや仕込み、そして煮込みの時間を考えれば、撮影仕事が一本できたり、意味のある論文や文献を一本読んだり、打ち合わせをしたり、ブログを書いたりできる。

それなのに、なぜ?

スパイスからカレーを作ると、人生に新たな意味や爽やかな価値を見いだせるのだろうか。

僕はその領域にいまだ一歩踏み出す事ができずに、スパイスとルーの中間にある、ブレンド済みのインディアンカレーをよく使っている。

おそらく、スパイスからカレーをつくる男子は、暇なのだ。

暇であることが第一前提。そうでなければ、スパイスからわざわざカレーなんて作れない。時間と金銭的余裕があり、さらに万事うまくいっていて精神的余裕もある、そして何かを達成していて、他にやることがもう何もない。

そのような状態になった時、人はスパイスからカレーを煮込み始めるのかもしれない。あるいは、すべての男子がそのような理想を追求していて、まだたどり着いてはいないけれど、理想の疑似体験としての”スパイスからのカレー”をある晴れた休日に実践してみたりする。

ナツメグ、コリアンダー、クミン、カルダモンの夢を、世界中の暇で暇でしょうがない男子たちが、今夜も追い続けている。

400記事

400 articles

前回の記事で400本目となったようです。300本達成!のエントリーが2018年の6月12日でしたので、300から400への100本は結構時間がかかってしまいました。少しペースを落としながらも、しかしよくまあここまで駄文を量産できるものだなと自分でも感心しています。

ここまで来たら、とりあえず1000です。1000。目指したくなってきました。50になっても書いていたら面白いと思いませんか。「えっ、お前まだあのブログやってるの」と50歳の友人に言われるわけです。

大竹伸朗さんが好きで、既にそこにあるものという本は僕のマイベスト隙間本なのですが、これには大竹さんのデビュー前の若い頃の文章から、割と直近のものまでがごちゃごちゃっと入っていて、本人も「若い時のは恥ずかしい」なんて”あとがき”で述べています。

たったここ3、4年でも恥ずかしいと思うのですから、20年くらい後に今の文章を読み返すとどういう気持がするだろうと好奇心があります。でもそれは逆に意外と成長しているというか。文体やその時の気分もあるのかもしれないですが、過去の文章はとても稚拙に思えるわけです。とはいえ、今オトナで洒脱な文章が書けるようになったかと言えば全くそうではないのですが。

検索で偶然訪れてくれた方、そしていつも読んでくださってる方、ありがとうございます。

あれ、まだあいつ書いてるんだっけ、とまた忘れたころに覗いてもらえると嬉しいです。

最後に、備忘録としてアクセス数ランキング(年間)を載せておきます。自分でも知らなかった逆ランキングも笑

読まれた記事ベスト5

  1. フォトグラファーが選ぶ、粋なコンパクトカメラ5選
  2. どうしていまさら?キャノン EOS 6D レビュー
  3. LeicaQのトーン
  4. 結局どれ使う?テザー撮影ソフトウェア考察
  5. 9年目で実感した、カメラマンの営業方法

読まれなかった記事ベスト5

  1. 猫の名は
  2. ひとつの怖い夢を出発点に
  3. 部屋から夕焼け
  4. たかが世界の終わり
  5. 言葉を逃した詩人のように

読まれたのはすべて写真・カメラ系記事でした。依然として強しです。随分前に書いたものですが、現在でもオーガニックサーチ(グーグルやヤフーから入ってくる検索)で3000~5000アクセスあります。

読まれなかった記事も今回出してみました。回数は年間で1, 2回から。書いた本人が読んでも、意味不明なものがそろっています。そりゃあ、読まれないわ。

Musée du Louvre

ルーブルの造形

ルーブル美術館は外から見ても、中から見ても美しい。

僕は写真を撮って、現像した後でそのことに気がついた。

広告やクリエイティブというのは、後に表出する制作物こそ美しさを備えてはいるが、制作現場の裏側は以外にダサかったり、カッコ悪かったり、汚かったり泥臭かったりする。映画の美術セットの裏側が、ただのむき出しのベニア板であるように。

出来上がるものが美しく、理にかなっていて、クライアントが満足出来ればそれで良いのだろう。

しかし、ルーブルは外から見ても、中から見ても美しい。

二回言ってしまった。

ルーブル、中から

そして所蔵しているものも、4000年くらい前のものから、1800年代くらいのものまで、幅広く、膨大で、そういうものを創ってきた人間という種族も捨てたものではないと思わせる何かがある。

すべての創作物をきちんと見ようと思ったら、丸4日でも足りないだろう。(合計38万点の作品があるらしい)

元はルーブル城というか、要塞だったため、内部も複雑でその面影が残っていて、ダン・ブラウンダ・ヴィンチ・コードを思い出さないわけにはいかない。

そして僕は、毎回「サモトラケのニケ」を見るだけで、あらゆる過去の殺戮や祈り、破壊と再生、旅立ちと帰路を思い、全身が打ちひしがれて、疲労し満足し、トロカデロのホテルに戻ることになる。

旅には普段35mmを持っていくが、パリはブレッソンのせいか、50mmが多い。この記事の写真はシグマのカメラで撮影している。45mmみたいな、絶妙な焦点距離がどこか愛おしい。

パリにはブレッソンだけでなく、アッジェもいるから、次は大判を持ち込んでみたいとも思っている。

Sharing Economy

モノを分かち合うこと

シェアリングエコノミーが生活に浸透し、私たちはますます物を持たずに生きることができるようになりました。ミニマリズムが流行しだした時期と、シェアリングエコノミーの発展したタイミングは重なります。

私たちは今、家具付きの賃貸住宅に暮らし、シェアオフィスで仕事をし、服や自動車、自転車、ベビーカーをレンタルし、ネットフリックスやツイッターのアカウントを恋人や友人と共用しています。

10年前は文献や小説の中の話だった世界が、既に到来していることに驚きながら、喜んでいます。世界中で余剰のあるリソースを、インターネットで繋げることにより最適化し、適材適所に再分配することが可能となりました。それらをビジネス観点でドライブさせると、大きな経済圏になりました。

ざっくり言うとそれがシェアリングエコノミーです。

自動車の乗車率は相当低く、東京都内の個人所有されている車の8割以上は駐車場に停められたまま、動いていません。

ファストファッションのブランドでは、年間20~40回のトレンドサイクルがあり、それに則り服が作られては、大量に在庫を抱えたまま捨てられます。

今朝のニュースでは、グローバル展開の無印良品でさえ、余剰在庫に悩まされているようです。(これについては管理システムの問題もありますが)

私たちはいつからモノを独占し、過剰に広告し、新機種が出る度に新しいものを買うようになったのでしょうか。

江戸時代は、道具や個人の持つスキルを、貸し借りしていました。昭和初期には、テレビのある家に近所の人々が集まりブラウン管を囲っていました(1953年には日本にテレビカメラはわずか5台しかありませんでした)

モノが溢れすぎて今また再び、モノを分かち合う時代が来ていることはとても興味深いです。

所有リストに記載したように、僕もあまり持たずに暮らしていますが、ほぼ不便はありません。むしろスペースや管理の手間が減って、快適です。

部屋にあるものは相変わらず、机と椅子とベッドだけですし、読み終わった本は読んでほしい人に突然贈与しています。(本テロと呼んでいます)

必要なものが出てきた場合は、購入を検討しますが、ほとんどレンタルで済んでしまいます。都内に暮らしていても、所在は一時的なものであり、どこか旅の途中だという気でいるのです。実際、旅に出ている時も、持ち物も、やることもさほど変わりません。

レンタル派の方は既に利用しているかもしれませんが、使えるシェアリングエコノミーサービスをリストしておきます。

使えるシェアリングサービス

家具のレンタルサービス。引っ越しや移動が多い人と冒険家に、家具はいらない。

airRoom(エアールーム)

随分定着してきた感のあるアパレルレンタル。ミニマルに暮らしたいけど、オシャレしたい人はレンタルの方が断然コスパよし。どうせワンシーズンしか着ないんだし。

エアークローゼット

エディストクローゼット

定額制ファッションレンタル【洋服レンタル・ブリスタ】

こちらはdmmがやってるレンタルサービス。アパレル以外にも、カメラやアウトドア、ベビー用品からお宮参り道具まで、一時的にしか使用しないものが多く揃っています。

ecоな時代は買わずにレンタル!

駐車スペースのシェアリングサービス。土地が余ってる人と、駐車場がほしい人のマッチングができます。

貸したいときだけ貸せる「特P」

最後に個人的に今一番試してみたい番外編。アグリメディアが提供している、畑のシェアサービス。畑もシェアできる時代です。

手ぶらで行けるサポート付き貸し農園【シェア畑】

撮影の仕事をしていると、プロップとしてあれ欲しい、これ欲しいがたまにあると思います。服はスタイリストが持ってきてくれるけど、プロップスタイリストがつかない時、フォトグラファーにどうにかしてよと無茶ぶりが。そんな時にもレンタルが結構役立ちます。

5 Ways to Sustain your mental health

精神の健康を維持する5つの方法

シンプルな生き方をするようになって、習慣づいたことがいくつかあります。それらはメンタルを維持するのに役立っていることに気づきました。

少し調子が悪いなと感じた時は、それができてないことが多いです。逆に、少し調子が悪いと感じた時に、このリストのいずれかを行えば、すぐに元気になり「フラットな状態」に自分を戻すことができます。

元気になりテンションが上りすぎて
「とっきー、クスリやってる?」
と友人に言われることがあるくらいですが、僕は現在アルコール以外のドラッグは一切やりません。ただ生活の中で、このリストをちょいと入れているだけです。

肉体と精神は表裏一体です。肉体が弱ると、精神も弱ります。肉体は元気で、精神が病みそうな時は、身体を動かすことにより、精神状態を良い方向に引っ張ることができます。逆も然りで、体調が悪いけど精神は良い状態の時は意識的に十分な休息をとることで、体調を回復させることができます。肉体と精神が同時に弱ってしまった時は、複合的な処置が必要となります。カウンセリングや医者を頼るのもひとつの方法でしょう。

人により、様々な健康法があると思いますが、これが基本的な考え方です。

みなさんの健康法も教えて下さい。

1、走る

リストした中で最も効果が高いこと、それがランです。走り始めてあらゆることがうまく行くようになりました。習慣づけるまでは少し大変ですが、一度その素晴らしさを知ると、走らずにはいられなくなります。気分や調子が悪い時は、30分ほど走ります。その後水分と睡眠を十分にとれば、やる気や撮る気や創る気や仕事をする気など、あらゆる気が体の中から湧き出てきます。

ランナーズハイという言葉の通り、走ることで脳内がハイな状態になることは知られています。有酸素運動とセックスでしか分泌されない物質があるとの研究もあります。

また主要都市や経済都市に生きる人類の全ては”運動不足”だと言われています。サピエンス全史にあるように、私たち人間が列車や車や飛行機で移動し、デスクワークを行うようになったのはここ200年ほどの話しで、それまでの約3万年は、狩猟・農耕生活において日々歩いたり、走ったりしていました。私たち人間の身体は、時間をかけて進化してきましたが、産業革命以後のライフスタイルになったのは人類の歴史から見ればつい最近のことなのです。毎日8時間、週5日のデスクワークをしている状態は、サピエンス的には”異常”な状態なのです。

またランの良いところは、シューズと、ウェアと、まずまずの道路があればすぐに始められることです。

2、ヨガと瞑想

ヨガをしているフォトグラファーは多い、という話を過去に書きました。僕もそのひとりで、同業種の彼らに影響を受けて始めています。

ヨガと瞑想は、ランニング同様、精神の安定にもつながりますが、僕の感覚ではインスピレーションを高める効果が強いです。

これに関しては師がいるわけではなく、本やYoutubeなどを見て独学で実践しています。綿本彰さんの本が多かったです。

ヨガと瞑想の良い点もまた、まずまずのスペースの部屋と、ヨガマットがひとつあれば始められることでしょう。

3、自然に入る

最近は週に1回ほどのペースで、に入っています。山に入ると、電波の状態が悪いところが多いため、自動的に連絡やネットへの接続ができなくなります。私達は現在、一日平均150回(スマホで仕事をしている人は更に多いでしょう)スマートフォンのディスプレイを見ているという研究報告があります。山に入ると外部との連絡ができなくなるため、簡易なデジタルデトックスが期待できます。ネットがどこでもつながる今だからこそ、意識的な切断が必要です。

行くのは、東京近郊の低山が多いですが、一回の山行で約1500キロカロリーを消費します。道中の食事や、カロリーを取り戻すための下山後の友人との暴飲暴食も健康維持に効いている?ようで、楽しみのひとつです。

1のサピエンスの話でも触れたように、人類が都市生活を始めたのは、地球の歴史からするとつい最近のことです。環境破壊や、汚染はとどまることを知らず、私たちはコンクリートのアパートから、コンクリートの道路を伝い、コンクリートのオフィスに出勤しています。人類の歴史からすればこれ程自然の少ない都市生活も”異常”な状態であるといえます。

人間/動物の進化には時間がかかるため、コンクリートとデスクワーク生活に私たちの身体は未だ100%適応できていません。(適応できる頃には、地球に暮らしていないかもしれません)そのような中で暮らすことは、多くのストレスを強いられていることと同じなのです。

山や沢に行けない人は、近くの公園などでも十分リフレッシュ効果を得られるでしょう。

4、水やハーブティーを飲む

少し前までは「一日3リットルの水を飲みましょう」
なんて話しに、馬鹿じゃねえの多いし名前も知らないあなたに言われたくないわ。とややパンクな姿勢を見せていました。どうぜ後でビール飲むからそれで勘弁してくださいと。

しかし、30を過ぎた今、この”とりあえず水飲め信仰”が、輝かしいばかりの重要性を帯びてきています。人間は年齢を重ねると、あらゆるところが乾くのです。結局人の体は水でできているんですよね。

そして水を飲むことは、身体的のみならず、精神にも良い結果を及ぼすのではないかと考えるようになりました。一日の中で、水分をこまめに摂っていると、疲れず、集中力が高まる気がするのです。(これには学術的な引用がないため、個人的な感覚でしかないのですが)

家ではもっぱらクリスタルガイザー箱買いです。そしてハーブティーもクイックなストレスリリースと安眠におすすめです。

最近のmymizuはペットボトル削減をミッションとしているプロジェクト。アプリでは給水所や、水を補給できる飲食店を地図上で表示できて、マイボトルがあれば、街中を潤ったまま探索可能となります。

5、よく眠る

質の良い睡眠の効果は、あらゆるところで発表されているので、改めて書くまでもないでしょう。しかし、メンタルが弱っていると、眠ることも難しくなることは、再度強調しておいても良いと思います。睡眠不足が続くと、日中のパフォーマンスが著しく低下します。

よく眠るために1〜4を実践すると言っても、大げさではないかもしれません。しっかり眠ると、ストレス耐性も上がり、思考もクリアになり、ポジティブな気持ちが湧いてきます。良いことしかありません。

あとは自然光が入りすぎて部屋が明る過ぎるので、アイマスク耳栓でもあれば完璧です。

What I eat everyday

日々食べているもの

何を持つかと同じように、何を食べるかは、そのひとの人となりや、文化圏が現れやすい指標だと思います。しばらくシンプルな生活をしてきて、持ち物が少なくなれば、必ずしも食事がシンプルになるというわけではないということがわかりました。

食事の楽しみというのは、その複雑性に備わることが多く、例えば牡蠣やカエルをまるごと食べたときの海や大地を味わうような感覚や、客単価3万くらいのフレンチで出されたソースや調理方法に凝りに凝った一皿を味わう瞬間。複雑性が身体的な悦びにつながることは、20数年も生きていればなんとなく体感するのではないかと思います。

そして食事のシンプリシティにおける贅沢さを身をもって享受できるのは、身体的な老化のおかげではないかと考えています。ポジティブに言うならそれは”成熟”と言えるかもしれません。脂っこいものや、味の濃いものよりも、あっさりとしていてシンプルなものを好むようになるのは、そういう濃度の食物を、身体が処理しきれなくなる時期が来るからです。

人はそれを(時に、とても簡単に)アラサーと呼びます。そして語尾がフォー、フィフ、シクと活用段階が上がるにつれ、シンプリシティが重視されるようになるという話です。

食事は基本的に、持ち物と同じように、自分が最も心地よいものを選べば良いと思っています。

カップ麺が好きで、食べれば食べるほど健康になり気分もアガるのなら、カップ麺を食べ続ければ良いし、体がライチしか受け付けないのならひたすらライチを食べればいい。食事は栄養を摂取する以外に、コミュニケーションであり、コンテクストであり、悦びであるのです。食べる理由と食べる自由を混同してはいけません。私たちは、誰にも何も指しずされず、本来好きなものを好きな時に食べるべきなのです。

ここで言う食のコンテクストというのは、食事環境や食事状況を意味します。

ベタにくだけて言うと、警察署で出されるカツ丼とか、可愛い女の子の好物が家系ラーメンだったりとか、パーティーや葬式に出される食事とか、ようやくありつけて泣きながらほうばる”どうぶつビスケット”などがそれにあたります。

とにかく、衣食住と言われるように、私たちの生活に無くてはならないもの。そして少し意識すれば、大きな悦びに代えることができるもの。それが日々の食事だと考えています。

そんなことを考えながら、僕は日々なにを食べているのか。結構決まったものを退屈に食べていることが多いです。上に載っているような朝食とか、忙しい朝は野菜ジュースのみとか。昼は麺類を食べることが多いです。夜はお酒とおつまみ。その後友人たちと中華で”締め”たりしてよく怒られています。夜中の12時に皿エビ雲呑と、湯麵と餃子、さらに半チャーハンも頼んだりします。

飲まない日は家で、味噌と玄米を食べたりもします。
「いや、それ戦時中?」
と突っ込まれますが、僕は至って冷静に、「いいえ、令和です」と答えます。

玄米を味噌で食べると本当に美味しいんです。玄米は炊飯器ではなくて、飯盒でガスで炊くとさらに美味しさが増します。あとは胡瓜でもあれば完璧です。

人類の歴史は、戦争の歴史と言われるくらいに、日々至るところで殺戮が行われ過酷な季節を過ごしてきました。しかし私たちの祖先もどんなに酷いコンテクストの中でも、生きるために食事をしてきました。そこには死を含んだかすかな悦びがあったのではないかと想像します。生きることは食べることで、食べることは同時に死に近づくことでもあるからです。

食べれることに、いまここで感謝します。

Everything I Own

持ちもののすべて 2020

所有している持ち物を公開することが、必ずしも良いことであるとは思いません。モノを減らすことがミニマリズムの本質だと、間違った受け取り方をされかねないからです。

必要なモノは、人によって異なります。フィギュアコレクターであれば、フィギュアこそが最も集中に値するものであるはずです。購入資金や、保管スペースのために、旅行や大きなテレビを諦めるでしょう。(マキシマリストであれば、拡張していく方向をとります)

つまり、自分にとって本当に重要なことのために、時間、エネルギー、リソースを割く必要があります。モノはそれ自体が質量であり、空間であり、移動させるのにエネルギーを必要とします。なのでモノが少ないことは基本的に良い結果をもたらしますが、その見極めが重要です。

このリストは僕自身のもので、写真を職業としていて、旅、音楽、自然、本が好きであれば、あなたにも役立つかもしれません。

もっと良いものや、おすすめのアイテムがあれば、教えて下さい。

Work

仕事のすべてをデジタルで行っているため、予備機は必須となりました。インプットに関してはノートとペンというアナログ併用派です。Macは13インチで揃えるか迷いどころですが、他にディスプレイが無いため映画用途として大きなサイズを選んでいます。

Travel

最近はハードケースは滅多に使いません。悪路をゴロゴロ引く姿が間抜けで、遅いという理由以外に、スーツや多量のデジタル機器を持って移動するということが無くなったからです。その代わり、たったひとつのデイバッグを仕事でも旅でも山でも使用しています。5年前に戻ったように、カメラは1台だけ。過去に手ぶらで香港へ行ったこともありましたが、今はデイバッグひとつが何かと便利でお気に入りです。

Personal

渋谷に暮らし始めた頃にベッドとデスクを新調しました。トラックのチェアはお気に入りでかれこれ10年くらい使っています。部屋にある家具はその3つ。工具類は30cmほどのボックスに入れています。山道具の中に、ダウンやブーツなども含まれていて、街でもたまに着ています。衣類は気分や時期によってラインナップを多少変えますが、基本同じものを着ます。

昨年半ばから頻繁に冒険に出ており、今年のテーマはますます冒険と、日常生活の融合になりそうです。
(「何、冒険って。小学生じゃないんだから」と既に他人の嫁や友人に非難を受けていますが、旅や登山、近所の散歩、移動におけるすべてのことを冒険と表現しています。愛しさと稚拙さと心強さを感じ、なんか言いたくなるんです。

山で使う道具を、街で使ってみたり。カトラリーや衣類など、フィールドで使用する道具は街でも併用できそうなものが実に多く、モノによっては一つに集約できそうな気がしています。