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Essay

ペパロニカレー

今回は、明け方にみた夢の話を書かせてください。

東京か大阪かわからないけれど、僕はやっとの気持ちでその店に入った。少しレトロな内装で、店内はわりと広々としている。個人客や二人客で、テーブルはほとんど埋まっていた。やはり人気店だ、入れてよかった。

僕は念願の“ペパロニカレー”を食べに来たのだ。

入るなり、奥の方のテーブルに通された。席の隣には大きな冷蔵庫がある。厨房に収まりきれずに、ホールに仕方なく置かれた冷蔵庫だった。その横には大きな鍋があり、ラップがかかっていた。僕は

「ここでいいですか?」と店員に聞いた。

「いいよーごめんねー冷蔵庫の前で」

女性店員が答えた。少し汚れた生成りのエプロンをかけ、茶髪がかった髪をしていた。元ヤンキー風の店員だった。

テーブルにつくなり、その店員は隣の鍋をかき混ぜて、器に持って僕のテーブルに出した。

「お通しです。7年製なの」

「えっ、7年ですか?大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。もっと置くところもあるけど、うちのは7年」

それが何かわからなかった。麺の入っていない、もやしだけの豚骨ラーメンに見えた。僕は少しそれを食べたが、味はよく覚えていない。豚骨ラーメンの味がした気がした。

そうして20分ほど経っただろうか、ペパロニカレーが来る気配は全く無かった。

そのまま僕はなぜか席の移動を別の店員に命じられた。

従うがままに、カウンター席に移動した。

カウンター席では、左隣に既に客がいて、夢中で何かを食べている。それが何かはわからなかった。小さな会釈をして、僕は席につき、続けてカレーを待った。

しばらくして、また別の店員のおばさんが「ライス」だけを運んできた。丸いボウルにライスだけが載っていた。大盛りだった。

僕はライスについて、ライスですか?と尋ねた。

「うん、ライス。追加ね」

「いや、頼んでいませんよ。カレーもまだ来ていませんし」

「付くのよ」

ライスを置いておばさんは去っていった。ライスが付く?どういうことだろう。カレーに?不穏な空気があたりを漂っていた。

しばらくしてようやくカレーが来た。

しかし、カレーを運んできた店員の手に、あらかじめそこにあった「追加のライス」が当たり、盛大にひっくり返った。大盛りのライスが逆さになったため、ライスがクッションとなり幸い音はしなかった。

隣の客の視線がくる。店員はごめんねーすぐ片付けるからと言って、カレーを置いて去っていった。

僕はすぐにでも食べたかったので、ようやく来たペパロニカレーの写真を撮った。iPhoneで、真上から。こぼれたライスが端っこに、少し写ってしまった。

ペパロニカレーは見たところ美味しそうだ。楕円形の大きな皿の左半分に、カレーとライスがあり、右半分にはなぜかピーマンだけが大盛りに盛られていた。ペパロニは見当たらなかった。おそらくカレーの中に溶け込んでいるのだろう。

さらに、ピーマンだけが入った割と大きなガラス瓶も一緒にあった。まるでピクルスか福神漬けのような感じで。それにしても量が多すぎる。

一口食べてみた。

お腹が空いていたこともあってか、味は複雑で美味しかった。

するとすぐに店員が来た。こぼしたライスを片付けようとしているらしい。ひっくり返ったボールをトレイに載せ、布巾でテーブルを拭いた。

次の瞬間、どういうわけか店員は僕のペパロニカレーまでも一緒に運んで行ってしまった。

運ぶ瞬間に何か言われたような気がしたが、聞き取ることができなかった。

カレーが無いまま、また僕は放置されていた。何もすることが無かったので、水を飲んだり紙ナプキンを触ったりした。隣の客が食べ終わり、会計をするために席を立った。

僕もそれにつられるように立ち、店員にカレーが来ていないことを伝えた。

しばらくして、またカレーが来た。

しかし、どういうわけかそれにはさっきまで載っていた右半分のピーマンが全て無くなっていた。カレーの部分も誰かに少し食べられているようだ。

僕はさすがに頭に来て、いやこれどういうことですか?と強めの口調で店員にいった。店員は、すみませんとだけ、マニュアルを読み上げるように答えた。

僕の後に来た客たちが、その一部始終を見ていたようで、それぞれ口を揃えて「やっぱりダメだなここは」などと言っているのが聞こえた。

食べられることのなかったペパロニカレー。

僕を戸惑わせたペパロニカレー。

っていうか、ペパロニカレー?

なんだよペパロニカレーって。

そんな食べ物がこの世界にあっただろうか。僕は明け方5時に、なぜペパロニカレーに惑わされなければならないのだろう。

でも確かに、僕はペパロニカレーに惑わされた。あるいはペパロニをとり巻くその店に。

ここまでのリアルさをもった夢は久しぶりだったので、これは記されるべき物語ではないかと思って、書いておくことにした。

完全に目覚めた後、僕は「ペパロニカレー」を検索してみたが、これといった手がかりは何一つ得られなかった。

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How to Photography

スナップ写真の読み方

純粋に物事を記録する手段として、スナップ写真はその歴史的地位を築いてきました。

でも単なる記録にするには勿体ない!写真を謎掛けのように解読して”読む”ということも、写真の楽しみ方のひとつだと思います。

それには作者の意図があっても無くても良い。個人的にはそう考えています。

明確な意図をもって作られた写真は、スナップ写真の領域を時に外れてしまうことがあり、そのような写真が現代美術館に所蔵され、歴史的価値を帯びていくことは多々あります。それはスナップではなく、既にセットアップなのです。

呼び名はさておき、作者の意図があっても無くても良いと言いました。つまり、誰かの写真に後付けして、意味深に読むことの楽しさを、ここで僕は推奨したいのです。

そうすると、身の回りにあるあらゆる二次元のビジュアルコンテンツが、観賞価値を帯びてきます。(押し付けがましい広告写真なんて嫌いですよね、だけど)この手法を抑えておくだけで、街中の広告、雑誌、他人のインスタ、あらゆる写真がエンターテイメントとして機能します。

☆広告写真は基本的に誰にでも分かりやすく伝わるように作られているので、そういう意味では面白味に欠けます。
「60歳の母ちゃんや親戚のおじちゃんが撮った写真」の方が写真的に圧倒的に面白いです。

前置きが長くなるので本題に入りましょう。

marlboro
Kuta, Bali 2015 ©tokimaru

バリ島のカフェで、友人のワヤンを撮影した写真です。

ただのおっさんが写っている写真じゃん、と思いましたよね。

よく見てください。

ここには3つの謎が隠されています。

では、答えです。

1、手前にマルボロのパッケージが置かれている。

2、背景の壁が、マルボロと対照的な色配置になっている。

3、バリ島はインドネシアに属する島である。

3ですが、インドネシアの国旗を覚えていますか。

はい、というわけで、マルボロのパッケージ、赤白というカラーが壁へ、そして国へと繋がりました。

更にテーブルにあるのは、僕が飲み終わったフレッシュのマンゴージュースなのですが、微妙に底に残っています。

そして画面右側の壁はマンゴーカラーで、同じ色をしています。

飲み終わる前に撮ればよかった、とここは後で現像した時に気づきました。

このように、写真はただそこに写っているものを見るだけでなく”読む”ことができるのです。絵画には時代によってはそのように意図して作られたものが多いです。美術の先生や、油絵オタクがあの絵はどうこう、解説したがりますよね。

写真でも同じようなことができるのです。

上の写真の状況を噛み砕き、撮り手側の方法論をまとめます

1、画面の中に、リンクするようなレイヤーを作る。
色、かたち、シルエットで構成します。それらを手前と奥に配置することで、奥行きとリンク感が増す。(マルボロと壁、マンゴージュースと壁)

2、画面以外にもレイヤーをつくる。
意味内容、歴史、時代など。(写真の中の色と、撮影された場所:インドネシア)

3、そこに視覚的、構図的品質が加われば更に写真としての面白さが高まります。
(この場合はワヤンがただケータイいじっているだけなので面白味に欠けますね)

簡潔に言うなら、ポイントは3つのレイヤーを入れるということでしょうか。

画面内に二つ、そして画面の外に一つです。

写っているものと、写っていないもの。

そうするとグッと写真が面白くなる、はずです。試して見てください。

意図しすぎて、逆に全然面白くない、という写真も結構好きです。
意図しすぎて、愛しいというやつです笑

それではまた。。

こちらの記事の写真はシグマのカメラで撮影しています。