沼津、旅の終わりと旅の始まり

Gotenba, Japan July 2020
Gotenba, Japan July 2020

スナップ写真は日々撮影するので、年次ごとのフォルダで管理している。それが旅だったり、個人的なアサインメントの仕事だったりすると、それ用のフォルダと階層を作り、スナップの中から部分的に選択して放り込んでいる。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

つまり僕にとって写真はそれが仕事か遊びかはさておいて、まず全てがスナップであるという前提がある。スタジオでキャプチャーワンのテザリングにおいて行う撮影仕事だけは例外で、最初からキャプチャーワンのフォルダの元、仕事写真として遂行される。(その写真群はスナップフォルダに入ることは無い)

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

スナップ写真が前提で、そこからプロジェクトとして切り出される。なぜこういうことになってしまったかと言えば、カメラを一台にしてしまったせいだ。一台しかカメラを持っていないが故、自ずと仕事用カメラ、日常用カメラなんて区別が一切なくなってしまった。一台で全てやるということ。それでできない案件はその都度適したカメラをレンタルしている。このようなやり方で仕事をしているフォトグラファーはとても少ない。出会ったことも聞いたこともないので、おそらく僕だけではないかと思っている。ただのバカだと言われれば、僕には返す言葉がない。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

そのような写真整理のやり方をやっている中で、時に境界を見失うことがある。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

全てを2020というフォルダにとりあえず突っ込むわけだが、そこから今回の伊豆半島の旅を抜き出そうと試みる。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

だけど、一体、どこからが旅の始まりで、どこからが旅の終わりなのだろうか?

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

撮影された場所を基準にするのなら、ここは渋谷だ、ここは品川だ、よしここで伊豆半島に入っているな。だからここからの写真を今回のプロジェクトとしよう。というやり方ができるかもしれない。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

だけれど、写真を見てみると僕にはその境界がわからない。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

家を出た瞬間から撮っていたりするので、その写真も「沼津フォルダ」に入れようかとも思う。しかしそれは、どこからどう見ても、いつもの近所のただの渋谷なのだ。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

こうなってくると、日常全てが旅だと言えるかもしれない。よくどこかで聞くセリフだ。写真整理において言えば、全てを旅とするのは少々暴力的にすぎるのではないだろうか。というかこの考え方で行くと、写真整理・フォルダ整理が全くできなくなってしまう。撮るだけで編集者に丸投げして、あとはよろしくできる巨匠ならまだしも。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

それでこういう結論に至った。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

日常と旅の境界を定めることが、撮影者の仕事なのだと。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

始まった仕事は終わらせなければならないように、始まった旅もどこかで終わらせなければならない。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

スナップフォルダから部分的に切り出され、写真の連続性が断たれた時はじめて、それは日常から旅になるのだと思った。

Atami, Shizuoka Japan July 2020
Atami, Shizuoka Japan July 2020

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Atami, Shizuoka Japan July 2020
Atami, Shizuoka Japan July 2020

人生に必要なものをほぼ全てグレゴリーのリュックに詰めて行く

Atami, Shizuoka Japan July 2020, LeicaM10-D
Atami, Shizuoka Japan July 2020, LeicaM10-D

伊東にいる。

Go To キャンペーンということで、東京から富士を眺めながら御殿場をぐるりと周り、沼津へ。そこから熱海に立ち寄り、伊東まで降りてきた。

ベタにうなぎや海鮮丼を食べて、温泉に入りながら。

伊豆半島は何度も訪れているものの、街々でそれぞれ趣きが異なる点がおもしろい。沼津、三島、伊豆、下田、熱海、伊東。どれも似ていて、どこか似ていない。ちょっと温暖で、リタイア寸前のお金持ってるシニアたちが温泉のために療養する場所。そんな偏見が少なからずあった。だいたい間違っていないのだが、実際に訪れて歩いてみると、経済成長期に造られたモノたちがとてもフォトジェニックなのだ。時間的退廃と、過去に確かにそこにあったものたち。

コロナ期のため人も少ない。毎日入ってる全ての温泉が貸し切り状態で、とにかく街に人がいない。いつも沢山の人で溢れている街だけに、どこか寂しさと不気味さが漂っている。それが港町ということも相まって。

最初は九州を旅する予定だった。10日間ほどの休暇と、フライトをとった。しかし、しばらくして10日間も九州をめぐることが億劫になってきた。なぜだろう。いつもであれば家よりも、空港のラウンジに滞在することや、長時間電車に揺られること、旅館や実家の畳を好むのに。あるいはここ2、3ヶ月の自粛生活で、外に出ることをめんどくさがるようになったのかもしれない。

とにかく僕は気づけばフライトをキャンセルしていた。飛行機代の4万円は1万2000円となってクレジット残高に返ってきた。巷で政府がゴートゥーキャンペーンと言い出したが、それは全く関係ない。僕は昔からテレビもラジオも無いし、政府の政策や政治とは全く無関係なロジックで動いている。そう思いながらも国に所属しているからには、何かしらの不利益や利益を被っているんだけれど。

九州を諦めて、思い立った先が伊豆半島だった。随分近場だし、自分の想像力と発想力の狭さにげんなりする。他にもっと行くところあっただろう。だけど今回は、伊豆半島だったのかもしれない。いや、たぶん場所はどこでもよかった。ただこの渋谷を出ることさえできれば。

グレゴリーのリュック

具体的な行き先も滞在期間も決めないまま、いつもより多めの荷物をグレゴリーのリュックに詰めた。バックでもザックでもなく、リュックに。響きがいい。小学生の気分にさせる。

いろんなバックパックを使ってきた。ミレーやパタゴニアやエパーソンマウンテニアリング、ノース、吉田カバン。

今はグレゴリー。耐久性もポケットも申し分ない。インナーのPCスリーブは底と差を持って縫われているので、地面にどんと置いてもPCに衝撃がいかないようになっている。時期により改良されているようで、微妙にデザインやポケットの仕様が変わる。

僕の旅の道具は80%が石川直樹さんの装備がベースになっている。写真家であり冒険家で極地に行く彼の道具をとりあえずパクっておけば、そんなに極地に行かない写真家で冒険家の僕には十分だと考えたのだ。このグレゴリーも石川さんの装備のひとつ。

現在持っているバッグはこれひとつなので、街でも山でも旅でも使っている。何も問題はない。黒くて地味で、誰もが持っている無難なベストセラーに少し愛着が湧いている。沢山詰めても背負心地が良いのがなにより。

中身は人生に必要なもの全て

多くの人は、もう既に人生に必要なものを全て手にしている。

ただそれに気づいていないだけだ。

今、名言っぽく言ってみたけれど、もう既に誰かが100回くらい言ってそうなセリフだ。

Everything in the bag.
Everything in the bag.

今回の持ち物。インナーバッグに包まれているので写真だと何がなんだかわからない。

左がラップトップで、右の荷物群をそれぞれ解説してみます。

まず左上の黒いのは、無印の吊るせるポーチ。このブログでも何度か登場している。東京の自宅にも吊るしておいて、そのままパックして旅先のホテルでも吊るして使えるスグレモノ。中身は、歯ブラシ、ペースト、オイル、フロス、日焼け止め。爪切りとハサミと毛抜と耳かき。衛生用品を全てまとめてます。

その隣、グレーのポーチは、PCの電源ケーブルとiPhoneケーブルの予備、ディスプレイ変換コネクタ、名刺、マスク、ボールペン、マジック。が入っています。仕事で使う系ですね。

その右隣が、折りたたみ傘と、カメラ

上段右端にあるのは、ノースフェースのレインパーカー。旅先では夏でもクーラー効きすぎてる場所や、突然の雨にさっと羽織れて重宝します。しかもたたむとこんなにコンパクトになるのでかさばらない。もちろん登山でも着用していて、秋冬はこの中にインナーを着込んでハードシェルとして使用します。

続いて、下段左の赤いやつはXERO SHOESのベアフットサンダル。これが最強。最近買ったアイテムで最も使っているものです。素足で歩く感覚をもとに作られていて、ソールがないペラペラのサンダル。人は靴を履く文化で生きているので、裸足で歩くことに慣れていない。使わない筋肉を使うので最初はとても疲れるんだけど、徐々に筋肉と関節が柔らかくなり、人間の本来持っている動物的身体性を取り戻せるというもの。素足が健康に良いことは知られているけれど、ベアフットの強者はこのサンダルでランニングしたり登山したりしています。さすがに僕はそこまでやれないけど、裸足はきもちいい。ビーチに出たり、温泉後の散歩だったり、汚い部屋に遭遇したりと、どんな旅行にもサンダルは必須アイテム。CHAIのライブ限定ビニールに入れてます。

その隣は本(Haruki Murakami)とノート。今読書は全てキンドルなのですが、小説はペーパーバックを一冊だけ持つようにしています。バッテリー切れた時やディスプレイに疲れた時でも紙だと楽です。緊急時はトイレットペーパーとしても使います。(海外バックパッカーじゃないんだから)なぜか春樹を英語で読むのがブーム。アナログノートの活用術についてはこちらの記事で書いています。

その隣のネイビーは、吉田カバンのインナーポーチ。これおそらく学生時代から唯一使っているもので10数年選手。確かな縫製で全くやぶれもほつれもしないんですよね。これにはカメラの充電関係と、ストロボ、バッテリー、LEDライトが入っています。

そして下段の一番右がパタゴニアのTシャツ。今着ているものを含めて、今回服は2枚です。昔は綿100を好んで来ていましたが、最近は化学繊維が好きになっています。登山とランニングをやるので化学繊維に移行したのですが、一度着るとその快適さから綿に戻れないくらいです。汗もすぐ乾くし、臭わない。旅先でもちゃちゃっと洗って干しておけばOK。パタゴニアのシンプルなTは耐久性もあり、UVカットも入っているのであらゆるアクティビティに対応できる。ランニングでも登山でも重宝しています。

服持たなすぎ問題

ここで既にお気づきの方もいらっしゃるでしょう。

服、なさすぎじゃね?

というかパンツ(下着)とか靴下は。

そうなんです。あまり大きな声では言えないのですが、今回ノーパンで旅しています。不快に思われる方いましたら申し訳ございません。伊豆半島をノーパンで徘徊しているのは、私でございます。

弁解するかたちで補足するなら、水着ひとつで移動しているわけです。

あ、東京では履いていますよ。

というわけで、今回持っている衣類は以下の通りです。
夏旅スタイルということで勘弁してください。

・Tシャツ 2枚
・ショーツ 1枚
・ソックス 1組
・レインジャケット

でもよく考えたら、これで2,3日生きているということは、これから先も同じ気候であれば、これだけの衣類で生きれるということです。

水着履いてるくせに、レインジャケットで雨防ごうとしているじゃねーか、濡れろよ。という声聞こえてきますね。

用途と場面でーということで。場面でー。

これから御殿場方面に戻り富士界隈の山を登ろうとも考えたのですが、どうやらしばらく天気が優れないみたいなので、そろそろ東京に戻ることを考えています。

珍道中の写真はインスタ&twitterで発信中ですのでぜひ御覧ください。

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キッチン事情 2020

All of my kitchen tools, Shibuya, Tokyo July 2020, LeicaM10-D Summicron35mm
All of my kitchen tools, Shibuya, Tokyo July 2020, LeicaM10-D Summicron35mm

今年のはじめに、全ての持ち物をまとめました。ミニマリストあるあるなネタ的な記事でしたが、個人的なの備忘録としても役に立っています。半年くらいのスパンで見直すと、ああこれ不要だよなとか、あっあの時こんなの使ってたんだと一瞬で思い出すことができるからです。

その記事では、キッチンで使っている道具を記載していませんでした。最後の方の文章を読むと、どうやら山道具との融合を目論んでおり、悩んでいた様子が伺えます。記事を書いてから数ヶ月後、僕はキッチンまわりにおいて、見事にアウトドアとシティライフでの融合を実現しました。渋谷の低層ペントハウスの最上階で、「山小屋」にいるかのような暮らしをしています。

というわけで今回は現在のキッチン事情を紹介したいと思います。

まず、食器類と調理道具ですがトップに写っているものがほぼ全てです。皿もボウルも菜箸もレードルもターナーも処分しました。

写っているもの以外にキッチンにある道具は

・ケトル
・炊飯器
・グラス1つ
・マグカップ1つ
・ストレーナー(お茶用)
・コーヒー器具(ミル、サーバー、ドリッパー)

となります。

トップ写真の道具で、調理と食事を全て行っています。

左の陶器の器は、ご飯を食べたり、シリアルボールになったり。けっこう昔に、吉祥寺の食器店で買ったもの。

右側は山用のMSRステンレスクッカーで、これひとつでスープや炒めものを作り、食べる時はそのまま器となります。山でも使っています。家庭用よりも金属が薄いので、すぐに火が通ります。焦げ付かないように最初は少しコツがいりますが、なれると最速で飯をこしらえることができます。味噌汁から、スープカレー、野菜炒めにガパオライス、目玉焼きと何でも作れます。(味噌汁の例:昆布をちぎって湯を沸かして、具材をいれて味噌をスプーン1杯溶かす。10分かかりません)

今まではデバイヤーの鉄製フライパンと、片手鍋を使っていました。どちらも良い道具でしたが、一人暮らしのソロアルパインシティスタイルにおいては、調理器具はひとつで大丈夫という結論になりました。

カトラリーは2種です。無印の箸と、以前も紹介したスノーピークのスクー。箸は菜箸として調理にも使用します。

このスタイルになってから、調理も洗い物も一瞬で終わるようになりました。ちゃんと飯食っている?と心配されることもありますが、人と食事する時は基本外食ですし、調理器具がシンプルになることで迷いが消え、朝晩もきちんとご飯を食べるようになりむしろより健康的になっています。

山に登っていなければ、このスタイルになることはなかったと思います。自分で全ての荷物を担いでの山行では、調理道具はひとつしか持てません。だけどそれで十分に生きれるのです。

もやしとニラと目玉焼き
もやしとニラと目玉焼き

日曜の朝、全ての窓を開け放ちサクッと朝食をこしらえる。オリーブオイルを敷いてニラともやしを入れて塩コショウ。卵を割って蓋をして、火を消して。テーブルを整えて蓋を開ける。

すると、どうだ。

風が吹いて眼鏡が曇り、ここは一瞬にして白馬の山小屋。

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写真家との再会、渋谷のアラート

Shibuya, Tokyo July 2020, LeicaM10-D + Summicron35mm ASPH.
Shibuya, Tokyo July 2020, LeicaM10-D + Summicron35mm ASPH.

街に随分人の気配が戻ってきた。笑い声にグラスの重なる音、店員の元気なコール、土曜日の喧騒に夏の夕暮れを感じる。水着とビーサンで渋谷に繰り出せば、太鼓の音、盆踊り、花火に夏祭りがもうすぐに始まりそうだ。

昨夜は久々に写真家の友人と再会した。何年越しかも覚えてないくらい月日が流れていたようだが、会ってみると元気な顔がそこにあって、それほど時間の経過を感じなかった。互いの状況を共有して、似たような経験を異なる場所で体験していたり。微かだけども確かな連帯のようなもの。同種類の人間であることを再確認することとなった。

二軒目でまた別の友人たちと合流し、夜が深まる前に酔いはまわり渋谷のアラートが点灯し始めた。それから他に誰も客のいない貸し切り状態のバーで、ウイスキーのソーダ割りを飲んで、四軒目に円山町のいつものスナックにたどり着いた頃には、アラートの点滅すら誰も目視で確認できないくらいになっていた。きっとそこはスナックではなく動物園か遊園地だったのかもしれない。

どのタイミングだったかわからないがこのようなフレーズを言ったことを覚えている。
「僕は街なかで人を撮る術を心得ている」
どういう文脈で放った言葉なのかは不確かだが、誰かにストリートフォトのことを尋ねられたのだろう。あるいは、歩いて家への帰り道、ひとりでに発した独り言だったのかもしれない。まるでカルティブレッソンの言葉のようだと思った。

シラフで今考えてみると、よくそんなこと言えたなと思う。人を撮る術など未だに体得できていない。体得できていないから日々こうして撮り続けているのだ。

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コニカビッグミニのネガフィルムに残された、過去の本棚

Book Shelf, Tokyo 2014, Konica BiGminiF
Book Shelf, Tokyo 2014, Konica BiGminiF

おはようございます!渋谷の片隅から今日もお送りするtokEmaru レディオ。金曜日です。曇り空で少し涼しいですね。週末のパーティーに向けてウキウキの方も多いと思いますが、傘のご用意をお忘れなく。それでは一曲目参りましょう、サニーデイ・サービスで「雨が降りそう

過去の写真を見ていたら、ビッグミニで雑に撮られた本棚が出てきました。ファイル名見ると2014年ごろでした。

ツイッターでちょうど鈴木達朗さんの写真集のことを呟いたのでその流れで書いちゃおうというわけです。ドイツのSteidlという出版社は美術書において世界的に権威のある出版社です。写真家の中では、ここから写真集を出したらもう「アガリ」と言われています。鈴木さんはストリート写真家ですが、日本よりも海外で有名です。少し前に富士フィルムのプロモーションに起用されて、その撮影方法が批判されましたね。こういっちゃあれですけど、正直に言っちゃいますけど、あれは割とナチュラルです。もっとヤバイやつ(ゲイリーウィノグランドとかブルースギルデンとか)たくさんいます。まだ警察沙汰にはなっていないですが、僕もだいぶやばいと思います。基本的にストリートはやばいんです。この話は深くなるのでちょっと置いておきます。

Steidlから日本人で写真集を出しているのは、杉本博司、森山大道、荒木経惟くらいかなと思いますが定かではありません。このあたりの情報お持ちの方教えて下さい。

僕は当時写真集を割と熱心に集めていました。職業柄、勉強のためにと言い訳をつけて、単純に写真集が、写真が、写真家が好きだったのだと思います。一般の書籍もカウントすると200冊は超えていました。ここに載せている写真の時期です。その本棚の一部を切り取られた写真を自分で今改めて見るのはとても興味深いものがあります。写真の情報量を感じます。35mmフィルムのビッグミニですが写りがシャープなのは確かです。横1000pxの解像度でも、誰のどの本なのかが分かってしまいます。

個人の本棚を見せることは、脳内や裸をみられているようなとても恥ずかしい感覚があります。幸い、えっちな本が写ってなくてよかったなと思います。いや多分ベッドの下にも隠してなかったというか、エロ本世代ではないはずですがなんとなくそんなことを心配してしまいますよね。(ロバート・メイプルソープの写真集はえっちと言えば少しえっちかもしれません)

左上から、東賢太朗さんやらレヴィ・ストロースさんやら人類学、人文系が少々あって、突然ワイン入門笑、ライアン・マッギンレー特集の美術手帖、ピータリンドバーグのタイトル忘れたけど最高のやつ、右上は大和田良さんやホンマタカシさん日本の写真家の語る系が多い。シャーロットコットンの現代写真論はポストモダンな世界の写真家を体系的になめるには最適な良書。

下の段はほぼ写真集で、ティム・ウォーカーの名作に、その師匠であるアヴェドンが並び、アヴェドンの影響下にあるレスリー・キーが偶然か連なる。ライアン挟んでの、テリー・リチャードソンの撮るこれ以上にないレディ・ガガ。マーク・ボスウィックなんかがあったりして、大好きなデイヴィッドアームストロング!ああ、これもう一度見たい。家政婦として第一次世界大戦後のニューヨークを取り続けたヴィヴィアン・マイヤー、ロバート・メイプルソープに、僕のファッション写真の先生スティーブンメイゼル!この写真、今思い出したけど彼が撮影し続けていたイタリアンヴォーグのカバーだけを20年分とかそこそこ集めたもの。ネタと引き出しの多さ!これぞメイゼル。写真集をあまり残してない彼の希少なポートフォリオだ。それから当時デビューして一瞬で写真界をぶち抜いたヴィヴィアン・サッセン。今見たら両方とも一冊4万とか笑 残しておけばよかったなー。その横のロレンツォヴィトゥーリのDalston Anatomyも世界1000部の限定版。超レアです。こちらも今25000円だ笑。輸入費含め8000円くらいだったはず。エルスケンの左岸の恋(荒木が左眼ノ恋で後にオマージュ)、アニー・リーボヴィッツの展覧会図録、スティーブン・ショアに続き、ヨーガンテラーの名作GOSEES。これはブログでも何度か紹介していますね。当時でも2万はしたけど、現在33000円也。写真集はもう立派な投資商品ですね。そしておそらく初めて買ったロバート・フランクのThe Americans. こちらは先に述べたSteidl復刻版。とても美しい印刷でした。その横は、上田義彦による蒼井優の写真集「A DREAMS」全てライカで撮影されていて、ポートレートとしては秀作だと思います。端っこにはライアンの弟子のZINEなんかが写ってます。奥山由之さんの処女作「Girl」は本人の直筆サイン入りだった。わざわざもらいに行ったんだ笑

影響受けているものが出てしまっていますね。偏ってて、狭いですし。だからこうやって渋谷の片隅からレディオ・ガガしちゃってるというか。僕もSteidlから一冊くらい出してみたい人生でした。

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僕たちは世界を変えることはできない、だけど肌の調子を整えることはできる

朝6時くらいだったでしょうか、軽い揺れで目が覚めました。少し長めに揺れました。ニュースを見ると、茨城で震度5とのこと。もう随分慣れたものですが、たまにこうやって揺れると、コロナ・洪水のほかに、僕らには地震もあったと思い出させてくれるのです。

九州方面が大きな被害をうけています。特に、熊本、福岡、長崎のダメージが大きいです。僕の実家も長崎ですので少し心配で家族に連絡をとっています。昨日は岐阜・下呂の被害が大きく取り上げられていました。先生や友人たちと下呂温泉に旅行したこともあり、個人的に思い出の土地でもあります。各地の方々がどうか無事でありますように、そして今後もしばらくは梅雨前線が停滞するとのことで、十分注意してください。安全に思えるところでも特に車の運転、突然の土砂崩れや、マンホールの蓋が飛ぶ被害も散見されています。

コロナ・洪水・地震、このような外的要因に僕たちはどう立ち向かえばよいのでしょうか。祈ってそれで収まればよいですが、自然をコントロールすることはできないはずです。できるだけ用心してそれぞれの状況の中でリスクを想定し備えること。せいぜいこれくらいでしょう。直接被害を受けた時はもちろん生きることを優先すべきです。災害時もそうですが、繰り返されるニュースを見すぎて、落ち込んで身動きがとれなくなる人もいます。想定外のことが起こった時は、実際なにもできないことが多い。でもそれで良いのだと思います。「何もしないこと」が時に最善の選択になることもある。

無事で元気な人は、勝手に気落ちして周囲に暗い空気を振りまくのではなく、自らを整えてより清く強く生きるべきではないでしょうか。ありきたりでいつもの平凡な日常に感謝し、誰もが与えられるわけではないこの平静をただ感じるのです。そのような考えのもと、僕は瞑想し、肌の調子を整えます。馬鹿げているかもしれないし、不謹慎と思われるかもしれない。しかし、ささやかだけれど確かなことを共有感覚-人間という大きな仲間意識を持って積み上げていく。僕たちは世界を変えることはできない、だけど肌の調子を整えることはできる。

左からLa Roche-Posay, Primavera Lavender, 無印オリーブスクワランオイル

今使っているスキンケアアイテムはこれで全てです。

超シンプルになりました。ミニマリストが残した4つのコスメという記事を過去に書いていますが、あれから早2年。米皮膚科学会の化粧水は意味ない話を読んで化粧水を辞め、日焼け止めは重要という話を聞いて、登山家で写真家の石川直樹さんが使っているラロッシュポゼを試し、近所のアロマテラピストからの教えでオイルを調合してそれを全身に使うようになりました。

このラインナップに切り替えて一ヶ月ほど経ちますが問題無いどころか、少し肌の調子上がった気がします。ランニングや登山とアウトドアが多いので日焼け止めは必須です。

化粧水不要論と、アロマテラピストの調合オイルはここ最近の大きな変化でした。長く使ってきた直接肌に触れるものを変えるのって結構ストレスだと思います。歯ブラシ、歯磨き粉、シェービング類、化粧水などコスメ全般に言えますね。

ある日、近所のイケメンアロマテラピストがこう言ったのです。「キャリアオイル、無印のでもホホバでもなんでもいいよ。スクワランがベタつかなくておすすめかな。それ100mlくらいに、質の良いラベンダーオイルを5滴ほど垂らして、撹拌したら完成。しばらく使うと肌の肌理細かくなって、シミやシワも消えるよ」いやいや、そんなことあるかよと思いましたが、イケメンアロマテラピストの肌はデビューしたての10代のジャニーズのようにつるつるだったのです。子供でもOKで家族みんなで使えるとのことでした。それを今実験中なわけです。今のところはシミ・しわ消えてないんですが、調子が良さそうなのは実感できています。何より持ち物が少なくなるのが良い。もうしばらく試してみます。


”アロマテラピスト”はセラピストではなくテラピストと言いたい。TherapyのThの発音を無駄にテラしたくなるのは、こいつらのせいだ。英語の発音はほとんど音楽から学んだ。一緒に歌えば、セラピーの発音は完璧だろう。

ちなみにオリジナルはラモーンズです。

サイコで最高ですな。

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渋谷の片隅でホワイトセージを燃やす男

Sage, Shibuya, Tokyo July 2020 LeicaM10-D, Summicron35mm

マリファナじゃないよ!セージだよ。

ということで、おはようございます。今日も始まりました、この渋谷の片隅からお送りするtokEmaruレディオ。一曲目はジュディアンドマリーから「レディオ」をどうぞ。

聴いていただきましたが、これレディオじゃなかったです。ブログでした。相変わらず蒸し暑いので、気合入れるために部屋でホワイトセージを炊いてみました。もくもくして、火災報知器の作動を少し心配しましたが、森の中にいるような空気に一瞬で変わりました。今日は風が強いです。

セージはネイティブ・アメリカンのあいだで古くから、儀式に使われてきました。今では、ヨギーな人や、ハービーな人に好んで使われているそうです。浄化や虫よけの力もあるようで、バルサンの変わりにセージを炊くみたいな感覚です。そんな主婦いるのかな。ハーブティーとしても飲むことができます。

ウィキペディアにかっこいいフレーズがあったので引用させて頂きますね。

「セージは医者、料理人にも、台所、地下室の場所も、貧富も問わず役に立つハーブである」

1551年、ドイツの薬草家

「庭にセージを植えているものが、どうして死ぬことができようか」

古いアラビアのことわざ

言いてぇ。

どこかで使いてぇ。

庭にセージを植えている人に出会ったら
「おお、それは、セージですね。セージは医者、料理人にも、台所、地下室の場所も、貧富も問わずに役立つハーブなんですよ。庭にセージを植えているものが、どうして死ぬことができようか」
繋げちゃったよ。1551のドイツの薬草家の言葉と古いアラビアのことわざを。でもなかなかいないよな、庭にセージを植えている人。

ここ渋谷でも大麻はだめだけど、セージはOKです。大麻がOKなのは嗜好・医療ではカナダとウルグアイ。一部OKな国はアメリカ、イスラエル、ベルギー、オーストリア、オランダ、イギリス、スペイン、フィンランド、ドイツ、韓国などです。大麻ビジネスは世界的に注目されているので、規制の緩和含めて今後伸びていく分野でしょう。

大麻の話が出たので、無理やり写真に繋げるなら、実は写真家とドラッグの関係はかなり深いです。それは時代であり、写真家だけではなかったのかもしれませんが、60~80年代のファッション写真と広告写真は、モデルもスタッフもドラッグ漬けで撮影されていたものが多くを占めます。ダークな部分で、媒体や企業のブランドイメージを下げるので、あまり表に出ていませんが、アヴェドンに始まりDavid Baily、ニュートンにブルダン。特にニューヨークとロンドン界隈の写真家とモデルは、ドラッグの力を借りて多くの名作を残しています。
(この本によくまとまっていますので深く知りたい方はどうぞ。Focus: The Secret, Sexy, Sometimes Sordid World of Fashion Photographers

写真だけで見るイメージと、実際の現場はかけ離れていることを教えてくれますね。誰もが一度は見たことのある名作が、ラリったまま撮影されていたと知るフォトグラファーは案外少ないのかもしれません。

今の現場はとてもクリーンだと思います。海外は香港でしか撮影仕事をしたことがないのでわかりませんが、東京に関して言えば、労働時間を除いてはなかなかヘルシーではないでしょうか。酒もなければもちろんドラッグもない、むしろハーブティーやオーガニックな”おやつ”の出る現場もあるくらいです。

しかし胃腸に優しい感じで、やさしい写真を撮っていればそれで良いのでしょうか。それで本当に良いのでしょうか?

セージはAmazon楽天にあるものを買ってます。品質により香りの良し悪しがあるようです。

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写真家のためのウェビナーのすすめ

Bali, Indonesia 2013, sigma DP2 Merrill

寝れなかった。暑さのせいだろうか、それとも昨日食べた生姜焼き定食のせいだろうか、はたまたモーニング娘。を最近踊れていないせいだろうか?

日本の夏はおっととっと暑すぎる。この湿度!これほど不快な気候は世界的にみても稀ではないだろうか。夏の時期にインドネシア・バリに降り立つと、日本よりカラッとして涼しいと感じる。乾季であることと感極まってることを考慮してもまだカラッとしている。香港や台湾は同じく蒸し暑いが、室内のキマり過ぎてる冷房が外に漏れてて街が涼しい。街そのものがスパイシーであることも、気候と調和している。それに対して、この日本の夏はなんだろう!縁側、麦茶に蚊取り線香、墓参り。ああ、なんかモタっとしていてこのまとわりつく感じ。僕に冷たい素麺をください。浴衣と団扇で踊りましょう。

睡眠の質が悪いと、こうも文章が乱れるなんて。気を取り直して。

SPBHからメールが届いていました。Self Publish, Be Happy、僕の好きなレーベルのひとつです。昔はここで、マイナーなアーティストの写真集を買い漁っていました。後に有名になり高値で取引される現象も。出版だけでなく、写真に関すること、教育やイベントにも力を入れています。ZINEブームみたいなのが過去に何度か来ていますが、その立役者のひとつです。

コロナタイムに入ってから、オンライン講座が充実してきました。その辺のスピード感もさすがです。

ブライアンが贈る、写真集デザインの方法

ブルーノカシェルが贈る、編集とシークエンスの考え方

ニックムールナーが語る、テキストと写真のマジな関係性

サイモンベーカーによる、写真展キュレーションのやり方

いやいや豪華です。世界的なデザイナーや写真家・キュレーターの話を直に聞けるわけですから。それもこの蒸し暑いジャパンにいながらにして。

写真は撮ること以上に、撮った後の編集や見せ方が大事であることは、このブログ含めていろんなところで話してきました。商業写真であれば、先にアウトプットが決まっていて流れるままに写真が出されますが、芸術写真の場合は、それがプリントになるのかそれともブックになるのか、はたまたインスタグラムのためにあるのか、まずは自発的に決めることが求められます。作家自身が、何をどのように見せ(魅せ)、誰に伝えたいのか。

商業/芸術写真を分けることさえナンセンスな時代に入ってきた気はしていますが。

有料ではありますがワンコインで爆安なので、ぜひ一流の方々から学んでみてはいかがでしょうか。

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下北沢みたいに

Shimokitazawa, Tokyo June 2020 LeicaM10-D, summicron35mm

夜中に雨の音で目が覚めた。いつも以上に蒸し暑い。近くに蚊がいるのか、手足を数カ所刺されたようだ。かゆい。ここは最上階(ペントハウスと呼んでいる)だから蚊がいるはずはないのだけど、これからも出るようだったら何かしらの対策を講じなければならない。蚊・対策・室内みたいなキーワードでググるだろう。

二度寝して目覚めたらなぜか、佐賀の県知事が「とりあえず下北沢みたいにしたい」と発した言葉が浮かんだ。恐ろしいくらいにパワーワードだ。こういう言葉は文脈を外れたところで、ひとり歩きする。だから雨降り梅雨の月曜の朝に、全く関係もないのに突然僕の頭の中に出てきたりする。うん、とりあえず下北沢みたいにしたい。

美容院でも使えそうなフレーズだ。
「とりあえず、下北沢みたいにお願いします」
原宿のどんなに高い技術を持つ売れっ子の美容師でも、一瞬は戸惑うだろう。加茂克也さんなら「わかりました」とだけ答え、早速下北沢みたいにする工程にとりかかり、あっというまに下北沢みたいにしてくれるのかもしれないが、加茂さんは残念ながらもうこの世にいない。

どうやら佐賀県で整備が進められているSAGAサンライズパークのメイン施設「SAGAアリーナ」を下北沢みたいにしたいという話のようだ。

だけど“下北沢みたいに”とは一体どのようにだろう。

マックがあって、すた丼があって、ライブハウスと古着屋とレトロな喫茶店が多くて(結構潰れているけど)若い世代が住む街。多くの人が抱く印象だと思う。だけど、今まさに下北沢も変わっていて、ちょいと前の小田急線・井の頭線を地下に埋める工事から始まり、世田谷代田駅と東北沢駅を結ぶ形で、壮大な再開発計画が遂行されている真っ最中なのである。計画によると商業施設以外にも、学生寮ができたり、コミュニティスペースができたり、テラスハウスに、保育施設、ホテルと温泉までできるらしい。

そう、下北沢も下北沢なりにシモキタらしさに悩み、迷っているのだ。だから佐賀が下北沢を目指して開発を進めたところで、それができた頃には今の下北沢はもう無いわけです。変わり続けるから、永遠に追いつけない。街は生き物で一瞬一瞬姿を変えるというのは森山大道さんの言葉で、だから撮らなきゃと言うわけですね。

僕の下北沢の思い出と言えば、写真家ハービー山口さんの個展で訪れたことです。上京してわりと間もないころオアシスのロックTを着て本人と写真を撮ってもらいました。完全なただのファンです。当時は東のシモキタよりも、西のインド・高円寺吉祥寺派だったので、シモキタに行く機会は少なかったです。今になって住んでる渋谷からも徒歩圏内のため、フラっと立ち寄ることが多くなりました。そういうわけで、今日はとりあえず下北沢みたいな感じで、月曜がんばります。

雲の上はいつも青空2 ハービー・山口

シーン2だけど、一作目から最高のハービーさんによるエッセイ。写真と文章って、こういう組み合わせで語られるんだというお手本みたいです。

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カメラロール

Tokyo 2016 iPhone

iPhoneのカメラロールに入っている写真ほど、興味深いものはないと思う。僕はほとんど毎日カメラを持ち歩くから、iPhoneで写真を撮る機会は少ないほうです。それでも、数えてみると今のiPhoneに6000枚ほどありました。アップルの現写真ソフトであるPhotosには過去のiPhoneからの写真がほぼ全て入っているから、それはもう膨大な枚数です。(iPhoneが日本で発売されてすぐに初代から使っている)

内容はだいたいがつまらないもので、食事とか、友人とか、モノとか、スクリーンショットとか。メモのために撮られたものが多いけれど、たまに何かを本気で枚数多めで撮っていたりする。僕の場合は、カメラで撮影したものをiPhoneに同期させて他メディアに上げるというのをよくやっているので、他で持っている写真と重複しているものが多々あります。これが容量をかなり圧迫している!手を付けようとしても、毎回途中で断念します。量が多すぎてね。

甘酸っぱいところで言うと昔の恋人もよく出てきます。恥ずかしいやつや、懐かしいやつや。女は過去の写真を消すけれど、男は残しておく、なんてよく聞きますが本当でしょうか?性別は関係ない気がするのだけれど、そのような研究をやっている人がいたら教えて欲しいです。

もう一つ甘酸っぱい系でいうと、オークションのために撮影されているモノです。わたくし、これが意外にも多い。手放したものたちということになるわけですが、一応商品撮影のフォーマットに則って、割ときちんとブツ撮りされているわけです。作品的価値は全くないけれど、よせ集めると何かしらの圧力を帯びてきそうな写真群です。「オークションに出品された私物たち」というタイトルでもつければ、少しコンセプチュアルに響きます。全てこれで写真展やったら、誰も来ないだろうな。でも石内都さんが撮っているフリーダカーロや、母の遺品とビジュアル的にはほぼ同じです。
35mm、手持ち、自然光。

写真とは本来プライベートなものであるということが、カメラロールの写真群を興味深くするのでしょう。人は半径5〜10メートルそこそこのものしか撮れない、写真の現場性みたいなもの。誰もがiPhoneを持ち歩くことで、記録することがますます容易になった。iPhoneで写真を撮っている個人の数だけ、人生の集積がある。

しょうもないけど興味深い、カメラロールの写真たち。

肌理と写真 石内都

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