二日酔いと五島列島の旅

盛大な二日酔いの中で、夢と現実を行き来しながら午前中は過ぎていった。この歳にもなって二日酔いかと思いながらも、20代のころにあった不快さは不思議と無い。それが飲み方のせいなのか、身体の老化のせいなのかは分からない。進化であればよいのだがきっとそれはないだろう。酔いがただ続いていて、酒が抜けない感覚だけが有る。赤坂の韓国料理店で牡蠣とサムギョプサルを焼いてもらい、渋谷に移動してホッピーを飲み、それからまた渋谷のクラブ街にある韓国料理で韓国料理は一切注文せずに芋のソーダ割りを飲んでいた。記憶は欠落している。

二人の人類学者と五島列島をめぐる旅に出ていて、数日前に東京に戻ってきた。少し長めの海外旅行から帰ってきた時の日本語がうまく出てこないあの感じ、多分出るのだろうけれど英語での挨拶を身体が覚えていて抜けない感じ。言語ではないけれど、そういう違和感にここ数日間包まれていた。抜けないという点では二日酔いに似ている。それだけ島の世界観が染みたということなのだろう。

五島では協会をまわり、風呂に入り、五島牛のホルモンを食べたり、ハコフグの味噌焼きを食べたりした。長崎には130あまりの教会があり、そのうち50くらいが五島列島にあって、そのいくつかは2018年に潜伏キリシタン関連遺産として世界遺産に登録されている。今回は福江島に滞在した。出身地にも近い五島だが、訪れるのは初めてだった。島同士の移動がほぼないという住民の話しを聞いてどこか納得した。早く写真と映像をまとめたい。

ちょうど台風が来ていて帰りのプロペラ機が飛ぶか怪しい状況だったけど、無事に帰ることができた。その台風が北上して今東京に来ているのか、今日は朝から強い雨が降っている。ようやく気温も下がってくる季節なので、そろそろ山に入りたい気持ちが高まっている。今年もまた海と山を繋ぐような旅をしたい。

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Bunkamura ザ・ミュージアムでマン・レイと女性たち展

滑り込みで最終日にマン・レイの展示を観てきた。Bunkamuraを通りかかる度に掲げられたポスターをちらちらと見て、ああやってるないつか行こうと思いながら結局ぎりぎりになるという。家から近すぎることもあって、いつでも行ける気になっているものほど、逃してしまう。ある音楽家の「写真撮ってる人は絶対に見に行け」とのツイートがリマインドになった。雨が降っていて傘を持っておらず、雨宿りをするかのように濡れながらザ・ミュージアムへ駆け込む。

マン・レイ

不思議な名前だ。写真をちょっとやっている人なら誰でも知っている。しかしその不思議な名前で知った気になってしまい、彼の作品を深く読む人は実際少ないのかもしれない。僕もその一人だった。いわゆる古典であり、写真の教科書に載るような人。ソラリゼーションなどの実験的な写真を生み出した人。ファッション写真の系譜の中にありながらも、本流から少し離れたところにいる人。カルティエブレッソンやロバートフランクのようなスナッピーではなく、商業写真やスタジオ写真、タングステンでのアッパーなライティングのプレッピーな人。後の写真家たちに多大な影響を与えた人。マン・レイ。

今回の展示はそのような浅はかな知識を更新できる絶好の機会となった。

マン・レイはアメリカ出身だがフランスで活躍した時期が長い。1921年にパリに渡る。ダリやピカソ、ココ・シャネルにマルセル・デュシャン。みんなパリにいた。彼らのポートレートも撮っている。ダダイストやシュールレアリストたちの時代であり、パリが最も華やかだった頃。その雰囲気はウディ・アレンの映画ミッドナイトインパリに描かれている。つまりマン・レイは一番いいタイミングでパリにいた。だからこそアメリカに帰ってからも写真家としての成功を継続することができた。

彼の人生を辿るように、作品はほぼ時系列に展示されていた。パリに渡って最初の彼女、可愛くモードなおかっぱ娘、キキ・ド・モンパルナス。当時の街のアイコンだった。7年くらい付き合って別れて、その後アシスタントとして志望してきたリー・ミラーと同棲する。マン・レイの代名詞になっているソラリゼーションを発明したのは、アシスタントのリー・ミラーだった。その次に付き合ったのは若く美しいダンサーのアディ・フィドラン。1940年にアディを残してパリを去り、ニューヨークに戻ったのちジュリエットブラウナーと出会い結婚。50歳だった。その後ジュリエットとは最期まで一緒にいることになる。パリの楽しさから一転、マン・レイにとってニューヨークは一度挫折した街であり、好きになれなかったらしい。それですぐに西海岸へ渡る。西海岸にも飽きて、再びパリへ。その後は写真もゆるく撮りながら、執筆や絵画に力を注いだ。86歳、パリで死去した。

マン・レイは写真家の範疇を超えた総合的な芸術家で、今回の展示も絵画、彫刻、立体、文章、様々な作品がある。およそ250点。満足感がすごい。

時代的に全てモノクロ写真。黒い服と帽子を着て撮られたリー・ミラーがいる。計算されたライティングはピータリンドバーグの写真を思わせる。もちろんピーターのほうがマン・レイを参照している。カザーティー公爵夫人のポートレート、カメラの操作ミスで多重露光され眼が4つになった不気味な写真。婦人はそれを気に入り、喜んで社交界に配布した。今まで見てきたマン・レイの写真にそのようなエピソードがあったことを知って、思わずにやけた。そういえばベレニス・アボットはマン・レイのアシスタントだったんだ。

マン・レイは1925年には、ポートレート1カット1000フランの写真家になっていた。35歳である。19世紀は1フランが今でいう5000円ほどの価値だったようで、換算すると500万程度になる。ただし世界大戦でフランの価値が大幅下落した時期でもあったので、現在の感覚に無理矢理置き換えるなら100〜270万ほどだったと推測できる。それでもトップクラスの報酬だ。

最期は絵画に傾倒していくところも興味深い。カルティエブレッソンもそうだった。写真から絵画へ。この流れについてはもう少し深く考えてみる必要があるかもしれない。

マン・レイという名前は偽名である。本名はエマニュエル・ラドニツキー Emmanuel Rudnitskyという。全然違うのが面白い。写真家としてデビューする時に、自らつけた名前だった。人間を意味するマンと、光を意味するレイ。光の人。どちらが姓か名か分からないことにマン・レイはこだわっていて、気に入っていたらしい。冒頭に書いた通り、確かに僕もマン・レイという名前に引っ張られてイメージを先行させたように、ネーミングすら作品なのではないかと思えるくらい強力なものがある。それはどうやら100年近く経った今でも効力を発揮しているようだ。

影響を受けやすいタイプなので、展示を見た夜に名前をトキ・マルに変更しようか本気で考えた。朝目覚めて、ばからしく思えて笑った。数年前に訪れたパリのモンパルナスの写真をもう一度見返してみようと思った。

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40mmのレンズが載った、RICOH GRⅢx

RICHO GRⅢに40mmのレンズが搭載されたモデルが発表された。その名もGRⅢxである。アップルやキャノンの新製品発表を差し置いて、それは何よりも嬉しいニュースだった。GRⅢときたら次はGRⅣのはずなのだが、そこに行かなかったのは「GRⅢが時間をかけて完成度を上げて作ってきたカメラである」からと商品企画の岩崎さんは述べている。発売されて2年半経つが、今回はそんなGRⅢをベースにラインナップを広げるかたちでの展開となった。

これは一気にユーザーが増えそうな予感がする。長年のファンは28mmであることに意義を覚えているが、40mmは新たなコンパクトファンにリーチするからである。従来のファンの中にも、35mmや50mmのような標準域を期待する声は多かった。僕もそのひとりで、GRが35mmだといいのにと何度思ったことか。でも心の中のどこかでGRはそんなことはしない、28mmであることこそがGRのアイデンティティだろうという思いがあった。だから余計に今回の発表はサプライズだった。今40mmという焦点距離は、ハイエンドコンパクトカメラクラスで他に無い気がする。

岩崎さんの「昔のコンパクトなフィルムカメラを思い浮かべる方もいらっしゃると思います」という言葉がまさにその真意を突いている。そうそう。僕たちはコンパクトフィルムカメラのような距離感のデジタルをずっと待ち望んでいたのだ。

40mmというとコンタックスT2の38mmや、SIGMA DP2 Merrillの45mm相当を連想してしまう。(ちなみにDP2xは41mm)あるいはビッグミニFの35mmだろうか。何れも銘機ばかりである。50mmは少し狭く、35mmだと普遍的にすぎる中、40mmは絶妙で新鮮だ。デイリーなスナップや、日常生活を撮るには最高に使いやすい焦点距離だと思う。

もちろん感じ方によってはその焦点距離を半端に捉える人もいると思うが、それは単に40mmレンズが市場に少ないからではないだろうか。

レンズ設計やイメージセンサーはGRⅢを継承しているため、変わらず高い描写力を期待できる。マクロも12cmまで寄れる。

あのコンパクトさと機動力に40mmが載っているなんて、ああ使ってみたくなってきた。

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プロフォトB10

ロケや出張系の撮影ではプロフォトのB10を使っている。もう大きなジェネもモノブロックも要らない。B10だけでいいことを確信した。バッテリーも6時間くらいは大丈夫。ファッション撮影で多めに回すなら3時間くらい。モデリングが意外に電力を食うのでそこを制御できればOK。予備バッテリーは必須。ちなみにモデリングは高輝度LEDで色温度も変えれるので、動画も撮影できる。

それにしてもコードレスのストレスレスネスといったら。ほぼクリップオンストロボくらいのハンドリング感覚だ。時代の進歩早過ぎませんか。

エアリモートのみのシンクロ設計なので、シンクロコードが刺さらないのが少し不安。そのためエアリモートの予備を必ず持つ必要があり、本体側のレシーバーが壊れたらと思うと怖い。そうなると本体も予備を多めに持つことになり、結局総重量は増えるのではないかという気もする。2灯使う場合は3灯、4灯使う場合は5灯を基本とするように。だがそれらを考慮しても、総合的に良い機材だと思う。

B10にシンクロコード穴が無いのは、単純に個体のサイズからくる設計的な理由だろうか。それともMacからディスクドライブやSDカードスロットが消えたように、未来の撮影システムを見越したリデザインや、周辺機器メーカーの勢力戦争からくる思想的な理由だろうか。

教えてプロフォトの人。

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健康診断の朝

ワクチン摂取の二日後に健康診断を入れたせいで今週が健康ウィークみたいになっている。健康診断について何か書きたくなるのは、何も起こらない日常の中でそれが非日常的なものだからだろうか。遠足やフェスのようだけど、積極的には参加したくないイベント。嫌いと言いながらも書きたがるということは、実はおまえ健康診断好きなんじゃないか、という自己分析。いやいや、そこは嫌いであってほしい。

健康診断という文字がスケジュールに入ると、その周辺の生活が正される。尿をとったり便をとったりしなければならないし、それらを忘れてしまうと健康診断には参加できないから。参加のチケットを取るのは簡単だが、本番当日までが難しい。予約できたからといって油断はできない。そして少しでも健康的な数値を出そうとする自分がいるため – それはたぶん意味のないことなのだが – 数日のあいだ食を正したりシラフでいたりして挑む。今回は二日前のワクチン接種もあったせいで、より禁欲的な日々を過ごしている。

それにしても健康診断の朝というのは時間がある。普段人間はどれだけ食べることや飲むこと、またはそれらを準備することに時間を費やしているかがわかる。いつもはコーヒーを作ったりスクランブルエッグを作ったり、軽いヨーガをキメたりする。だが診断まで何も食べてはいけないし、ワクチンで左肩が痛むせいでヨーガもできない。そういうわけでこうしてタイプライターへ向かっている。この後は写真や請求書の整理でもしよう。なんだ健康診断のおかげで仕事、進むじゃないか。

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