本家に習う、ミニマリズムのはじめかた

 

こんにちは、ミニマルタナカです。今回は僕がミニマリズムを取り入れた経緯についてです。

 

ドラマで言うと第一話、ロード・オブ・ザ・リングで言うと第一章「旅の仲間」です。
長すぎて小説版「指輪物語」を途中で挫折した方は、この物語をシェアしてください。

きっかけ

僕がミニマリスト(この呼称はあまり使いたくないのですが、便宜的に使用します)になったのは、今から3年程前にふと手にとった本がきっかけでした。それがこちら

ジョシュアとライアンの二人によって書かれています。
そして二人は「ザ・ミニマリスツ」というユニットです。

ここでまずです。ザ・ビートルズみたいに、音楽を奏でるわけではありません。ミニマリズムを実践するユニットなのです。

この事実は僕の知的好奇心を掻き立てるには十分でした。僕がせっせと日本で働いている間に、米国ではアイドルのようにミニマリズムがユニットを組む時代なのだと。そんなことを考えていると、読まずにいられなくなり、新宿紀伊国屋で買ってすぐにベルグでビールを飲みながら読み始め、帰路につく間に読み進め、次の日の午前中には読み終わっていました。タイトルのように、ちょうど30手前になる歳でした。

こういうと語弊があるのですが、内容は特に面白かったとは言い難いです。ただ次の日から実践することにしました。そのほうが人生が面白くなる予感がしたからです。もしかすると当時、東京での生活が面白くなかったのかもしれません。

ちなみに、この本は二人のブログを元に構成されています。なので本を読まなくても、ブログを読めば、大体書いている内容がわかります。
今回は二人のブログから「ミニマリズムについて」引用してみます。

 

トキマル翻訳、関西バージョンでお送りします。

まずみんな最初に、ミニマリズム言われたら所有物すべて捨てること考えるやろ?もう排除排除、削減削減って。でもそれちゃうねん。

まぁ確かに、過剰なものを捨てるのは一つの大事なレシピではあんねんけど、それただの材料やん。そこだけに集中すると、大事なこと抜けてまうねん。

ミニマリストは物を持たないことに終始するんやなくて、情熱や経験や成長、そして貢献や幸福感のための「空間」を作るんや。もう自由っちゅうか。散らかった物を人生の道から片付けてやな、その分空間を作んねん。

すべては長く続く不満から始まったんよ。数年前に30歳になる頃、全部成し遂げてもうて。年収1000万くらいやし、高級車乗り回して、でっかい家に住んで。もう消費する動物状態やね。

でもそれで全然満足することはなくて。なんか幸せやなかったんよね。ぽっかり空いた虚無感っちゅうか。物買う為だけに、週に7、80時間働いて、でもその虚無感は埋まらへん。ただクレジットの残高とストレス、不安、恐れや孤独感、罪の意識、困惑、憂鬱をもたらすだけやん。

で、悪い事に、時間のコントロールでけへんねん。それはつまり人生のコントロールがでけへんいう事や。そんで2010年にミニマリズムの信条に基づいて、そのコントロールを取り戻すことを始めたわけや。ーJoshua & Ryan

翻訳元のサイトはこちら→ http://www.theminimalists.com/about/

 

ここにミニマリズムの本質は集約されていますね。
情熱、経験、成長、貢献そして幸福の「空間」をつくるためのひとつの手段だというのです。

その後、日本でミニマリズムブームが訪れるのですが、これは間違いなくこの二人「ザ・ミニマリスツ」が原因になっていると僕は踏んでいます。
二人はApple等の企業に呼ばれて全米公演ツアーをするまでに、アメリカでバカ売れしたユニットなのです。

ただし、二人の話しでわかるように本来、米国でのミニマリズムは「裕福層」から生まれた考え方です。
「貧困層」の節約という観点が含まれることが、日本のミニマリズムの特徴であり、差異であると考えます。


僕がすぐ手放したもの

本に書かれている中で、気になったのはその実践方法でした。これは今でも記憶に残っています。

パッキングパーティー

最初に取り掛かる手段として、彼らはパッキングパーティーを挙げています。その手順は

1,家の中にある全てのモノ、タンス、食器棚から洗面用具などの小さなものまでを、シートに包むか、ダンボールにパッキングするかして、引っ越し前のような状態にする。

2,その状態で一週間生活する。
必要なものは詰めたダンボールから取り出して使う。
→歯磨きしなきゃならないので歯ブラシ、料理作るのでフライパン、という具合に使うものだけをその都度出して使用します。

3,一週間後、ダンボールから出たものはそのままで、それ以外のものを全て手放す
→手放すと言っても、物に合わせて、寄付、売却、譲与、処分します。

以上です。彼らはこの方法で一気に処分しています。

僕も実際にパッキングパーティーして一週間生活してみました。
その時手放した主なものは

写真集・本150冊、本棚、衣服、カメラ(デジタル一眼レフ機材一式)、その他細々としたもの、でした。

以前にシェアハウスに暮らしていたこともあり、元々モノはそんなにありませんでした。
テレビも10年以上無し、衣装ケースや棚・ラックも無し、音楽CDは全てデジタル化済み、元々ミニマル体質だったのです。

パッキングパーティーをして、さらにしっくり来た感じです。

8年程コレクションした写真集にさよならしたのは悲しかったですし、カメラも無くなり仕事も無くなりました。

ただその当時の開放感は、まるで新しく生まれ変わったような気分でした。
部屋にもかなりのスペースができました。生まれたスペースを使って、ヨガをはじめました。

僕はカメラマンでもなんでもなく、ただのひとりの無力な人間だということを思い出せたのです。

 

第二章「二つの塔」へ続く

これまでのミニマリズム関係の記事はこちらから。

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