空になった瓶に水を足して

この場所にまた手ぶらできてしまったなと思う。西村賢太が「原稿の書き直し、一日間を置いて客観性を得た上で行いたい」と書いていて、小説家や物書きというは本来そのような態度が必要なのだろうが日記ではそれができない。小説家でも物書きでもないんだけれど、昨日を書く時にはもう今日が始まっていて、今日を書く頃には明日を迎えている。客観性を得ることもなく主観的にただ未完成のものが流れていく。とはいえ、一度このエディタを離れて実際サイト上にポストされるとそれはささやかな客観性を帯びる。アーカイブからランダムに数ヶ月前のものを拾ってみても、こんなものを自分が書いたとは思えないのだ。誰だよこんなの書いたやつ、あ、俺なんだといった具合である。そこで込み上げてくる羞恥と後悔。そういうのに気づいてからはもう日記を見返すことをやめた。朝、髭を剃ってネスカフェゴールドブレンド。昼は近くでわかめ蕎麦。夕方頃、中国の企業とMTG。担当の方がものすごく日本語が上手で嵐の中に咲く花のように強くポジティブで一瞬で好きになってしまった。自分の英語がだめすぎることに落胆したし、中国語を喋れないことを申し訳なく思った。もし仕事が続いていくなら中国語を勉強しなければならない。昨日のテキーラがまだ体の中にいるような気がして夜は禁酒。noteの原稿を一本仕上げた。簡単な食事の後にハーブティーミックス。空になったCBDオイルのスプレー瓶に水を少し足してしゃかしゃかして部屋に振り撒いて寝た。

– https://linktr.ee/tokimarutanaka