誰にも害のない迷信のようなもの

 

僕は長らく、あるひとつの強迫観念めいたものに取り憑かれていた。

それは

「玄米は炊く前に最低5時間は、水に浸けなければならない」

というものである。

玄米を常食する者として、世界中のどこにいても、何をしていても、それをマントラのように心の中で唱えて生きてきたように思う。

一般に玄米が食べられるようになったのは、実は昭和初期以降である。
江戸時代以前は玄米を食べていたという資料は発見されておらず、さらに江戸中期になっても「炊くのに時間と手間がかかり、薪代もかかるので白米がええわい」と、白米のほうが人気だったようだ。

昭和になってようやく、細菌学者であり医師であった二木謙三が、玄米を完全食と呼び、玄米オシを進めた結果、玄米ブームが訪れた。

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩の中に、「一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ…… ほめられもせず 苦にもされず そういうものに私はなりたい」というフレーズが出てくるが、一人暮らし自炊時代のそんな粗食が宮沢の寿命を縮めたという説もある。(四合という量食べ過ぎ説もあるなぁ)

完全食と言われる一方で、宮沢賢治のこのようなエピソードが玄米の存在をより深いものにしている。

これらの時間軸で歴史を概観してみると、現在は昭和初期以降二度目のつまり「第二次玄米ブーム」ではなかろうか。

歴史をみても、日本でこれほど玄米が食べられている時代というのは他にない。

周りを見れば誰もが玄米を食べている。道を歩けば玄米を食べている人とすれ違うし、社食も給食もだいたい玄米だ。道端に玄米が落ちていることさえあるし、あ、なんかご飯粒付いているよと友人や恋人の頭についたものをよく見ると、玄米だったりする。

もうビットコイン以上に玄米が「通貨」としてのポテンシャルを持っているのでは無いかと考えが膨らんで、夜も眠れない。

将来はブロックチェーン技術により、個人間で玄米を自由に交換できる社会になるだろう。VRやARのテクノロジーを使えば、玄米がいつでも身の回りにある状況が発生する。これは「食べれない玄米」だが、玄米に包まれているという現在ではあり得ない状況を体感できる世界はもう近いのかもしれない。

そんな玄米だが、先日家に帰るのが遅くなり、浸さずそのまま炊飯器のボタンを押して炊いてみたら、普通に炊けたのだ。

確かに、5時間浸したいつもの玄米よりは、硬くハードコアな仕上がりになっていたが、食えないことは無いというレベル。

炊飯器も圧力系の特別なものではなく、玄米モードさえ付いていない小さくて白いやつだ。

僕は一瞬にして、新しい世界に到達したような気がした。数年間の強迫観念めいたものは、指一本、ボタン一つで解消されたのだ。

そう、

冬場に玄米を最低5時間水に浸す必要は無かった。

 

おすすめの玄米

ハードコア代表。世界のスタンダード。

玄米界で流行中のロウカット。これだとより”浸し”の必要が無い。だが僕にはどこか物足りない。初心者にはおすすめ。



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