日曜の夕刻に、共にビールを掲げる人がいることを

 

思うより人生は変動していて、僕が動いているのか、それとも周りの世界が動いているのか。あるいはそのどちらでもなくて、両方が少しずつ何処かに動いていてその差異ゆえ変動を感じるのか。

それでも例えば、日曜の夕刻に、共にビールを掲げる人がいることを、僕はいつでも切望している。仕事か家事かそれの中間のようなことを、晴れた日曜日の最初から一人でもくもくテキパキとこなして終盤、ランニングを終えた後にシャワーを浴びて、高いビルの隙間から日が落ちる光景がギリギリ見える、近くの雑居ビルの二階にあるスタジオのようなオープンフロントの食事処で、露帯びて輝かしく薄いグラスに入ったサッポロビールを掲げてただうまいと言えるような関係を。

変動する人生の中で、そのようなシーンがある時期もあれば無い時期もある。ただそのような、僕がずっと心の中に持っている情景を相手に押し付けるのは、ただの傲慢でしかないのだろう。その舞台に最初から役者はひとりもいないか、あるいはもう既に、みんな踊ることを辞めてしまったか。

 

 

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