本を持たないこととライブ

いくつかの本をいつも並行読みしていて、部屋の中の様々なところに無造作に置いてある。整理しない感じはミニマリストっぽく無いのだが、そもそも本棚も本も持つことをある時期から辞めたので、持っている総数は一般的に見れば圧倒的に少ない。今数えてみると7冊だった。一冊はカルティエブレッソンの写真集がある。いつだったか、マイルールとして紙で持つ本は1冊にして、読み終えたら誰かに渡して新しいものを1冊買うことにしたのだがそれも守れていない。本は増えるし、自由にそこに存在している。だがそれらもいつかはまた無くなるのだろう。一冊を通して読まずに数冊を並行読みしているとどれも先に進まないが、生活の中に言葉として馴染んでくるような感覚がある。今日はドゥルーズの言葉の中にこういうのを見つけた。

私たちはむしろ不快な世界に生きているのであり、この世界では人々だけでなく、既成の権力もまた私たちに悲しみの情動を伝達することばかり考えている。悲しみ、悲しみの情動は、私たちの活動能力を減少させるすべてのものである。既成の権力は私たちを奴隷にするために私たちの悲しみを必要としている。

(ディアローグ)

スピノザについての文脈で書いているのだが、それらを言葉として抜き出してみると、書かれた状況や時代は異なるのに現在の自分の生活や状況によってまた別の解釈ができてしまう。それはなぜか並行読みしている時に現れてくることが多い気がする。

夕方、渋谷でHとQと合流して目立ちすぎるアイリッシュパブみたいなところでギネスを飲んで、目立ちすぎるバルみたいなところで各々ワイン以外のドリンクを飲んだ。その後、ワンズのライブへ。Qがライブ予習を音源にて完璧にしていて、さすができる男だと感心していたら、世界が終わるまではの方のWANDSだった。僕らが観るのはもちろんone’s truthの方に決まっていて、乗り切れないQをメガネのフレームの端の方に認知しながら、ツアーファイナルを一緒に歌った。ツアーお疲れさまでした。最高でした。

8月6日