私は、現金(財布)を持ち歩かなくなって久しい。
平日の少し遅い時間に、近所のパン屋に翌朝のためのパンを仕入れに行ったところ、カードも電子マネーも使えない店であることが、一斤の雑穀ブレッドをレジスターに片手で運んだ時、店員の一言で発覚した。
何度か立ち寄ったことのある店で、それまで私は一体どうやって支払いをしていたのだろうと記憶を辿ったが、手がかりは何一つ得られなかった。
このまま明日の朝食も得られなくなるのか。
それはとてもまずい。
この一斤の雑穀ブレッドがなければ、一日を始めることができなくなってしまう。
弱くなったものだ。
朝食なんて二、三日食べなくても、案外どうってことは無いのだ。朝食を食べない習慣を持つ人だって、この世界には沢山いる。
そしてそのような習慣を持つ人が、健康状態に何か問題があるかといえば、全くそうではない。たぶん。
閉店間際のパン屋のレジスター横に置かれた一斤の雑穀ブレッドを眺めながら、そのような事を考えていた。
永遠とも思える時間が流れた。
あるいは、ひとつの時間もそこでは流れなかった。
店員はきっと私を迷惑な客だと思っただろう。マスクをしていたので、迷惑そうな表情こそ窺えなかったが、きっとマスクの下で困惑していたに違いない。
私はそのまま店を出て、自宅に現金を取りに戻ることにした。
閉店まであと10分。
この機会を逃すと、私は永遠に朝食にパンを食べることができなくなってしまう。そんな気がした。
そうなったら仕方なく朝食にご飯を食べるのだろうけれど、朝からハードコアな玄米を喰らうのは、それこそ健康状態に支障をきたす恐れがある。
あるいは逆に健康になったりして。
いや、そんなことを考えている暇は無い。今はとにかく、あのパン屋が閉まる前に、一斤の雑穀ブレッドを手に入れること。ただそれだけを考えるのだ。
自然と小走りになっていた。
結構スピードが出ていたと思う。これから夜の晩餐に繰り出そうとしている道を行き交う人々が、駅伝の最終選手を見るような目で私を観ているのがわかる。
小さな声援が聞こえた気がした。
自宅に到着すると、すぐさま千円札を戸棚から握り、またパン屋へ走った。
閉店準備を着々と進めるレジスター前の店員に、先ほどと同じ雑穀ブレッドを片手で運んだ。同時に千円札も手渡した。
それはまるで疲弊したランナーから次を走る気鋭のランナーに手渡されるくたびれたタスキのようだった。
店員は平然とレジスターを打ち、雑穀ブレッドが袋に入れられた。
次の瞬間、
「お手数かけさせて、ありがとうございます。キャラメリゼのデニッシュ入れておきますね」

それは、現金を持たないことで逆に不便を被りひとっ走りすることになった私が得た、小麦色に輝くメダルだった。