ドストエフスキーの気持ち

こんなにも陰鬱で塞ぎ込む気分にさせるのは、どうやら一部の仕事のせいであることに最近気づいてきた。いや本当はもうここ3年くらい気づいていたことではないか。改めて文字にして自らその気分を読むというのは、それは結構な体験である。ドストエフスキーだってロシアの地下室で自分の気持ちを書いてはそれを読み震えていたのではないだろうか。内的対話の必要性、それを外に展くことの不可能性の狭間で今日も揺れている。撮影まわりの仕事を色々やってきて、実に色々やり過ぎている。もちろん撮影自体は好きだし、今まではシンプルに撮るということだけをやってきた。むしろ今の複雑さを考えると、今までやってきたことがシンプル過ぎたのだろうかと思ってしまう。もしかすると写真を撮るという仕事はスーパーのレジ打ちと難易度で言えばさほど変わらないのではないか。そういえば米国に渡った尊敬する先輩写真家が「米国では写真は既に仕事ではなく、ライフスタイルだ」と言っていた。この言葉は僕の中に強く残っている。日中にシステム関連のmtgをオンラインで行い、昼、突然パスタを食べたくなりパスタ屋に行くかと思っていたところ、カレーも食べたくなった。カレーとパスタ両方を食べられる店が思い浮かばなかったので、セブンイレブンに行ってベーコンのアラビアータ辛口トマトソースパスタと、8種野菜のスープカレー雑穀米入りを両方買って家で食べた。浮かんだ欲求を貪欲に満たしていく、それを簡単に実現できるセブンイレブンは、漫画「ドラゴンボール」に登場する一瞬で好きな食事の味で腹を満たせる謎のカプセルを思い出させた。ようやくネスカフェゴールドブレンドが切れたので、コーヒー豆を購入。挽いてドリップして飲んだらそれは神の味がした。1ヶ月のネスカフェという禁欲期間によってもたらされる、ネスカフェあってこその神性。ネスカフェだけではダメだし、ドリップコーヒーだけでもだめで、サードウェーブの商業主義的コーヒーやカロリーの塊のようなシアトル系コーヒーなど様々なコーヒーがあってこの世界は成り立っている。もし世界がネスカフェだけだったなら。それから21時ごろまでずっと雑用のような仕事をして、近くの店でピクルスとハムをつまんでビールとハイボールだけ飲んで寝た。

– https://linktr.ee/tokimarutanaka