スティルライフに学ぶ逃亡

今更ながら池澤夏樹の「スティル・ライフ」を移動中に読んだ。1987年の小説なのでまだネットでの株取引が無い時代。ストーリーは置いておくとして、登場人物のひとりが相当ミニマリストだ。部屋でウィスキーを一緒に飲むシーンがあって、カップに登山用のコッヘルを使うところから会話が始まる。「自分で運べる荷物だけで暮らしていると、山登りと同じことになる。気楽なもんだよ」「困ることはないかい?」「何でも店で売っているからね。自分の手元に置かないで、店という倉庫に預けてあると思えばいい。…着るものは安いものを買って、ワンシーズンでおしまいにする。書類は即座に始末する。本は文庫本で、読んだらやはり始末する。鍋や茶碗の類は最小限。家具は持たない。寝具はシュラフ。そのつもりになれば、そう難しいことじゃないさ」ここまでで、ほぼ僕と同じだと思ったが、更にその先、この人物は写真が趣味なのである。それも大量に山の写真を複写したスライドフィルムと投影機を持ち歩いていて、白幕に投射してスライドを眺めるというかなり癖のある写真鑑賞の趣味を持っている。当時はポジの方が主流だったので、そこまで珍しいことではないのかもしれないが、とにかくモノを持っていないことと写真が趣味であることに猛烈なシンパシーを感じた。僕は別に執行猶予待ちでもないのだけど、なんとなく、物を持たない生活の基礎というのは逃亡生活の中に築かれるものだという気がする。そういえば最近見た映画も逃亡するスナイパーの話で、物を持たずにひたすら逃げ続けていたな。物をできるだけ持たずに逃亡し続けること、その先には何があるのか。そんなスティルライフを読んでいたら、今回の逃亡先に到着した。