ユーモアへと昇華する恐怖

昨日下血があったので朝から消化器内科を受診。初めて肛門鏡検査を受けてきた。処置に慣れ過ぎている先生と初めての僕、というギャップから生まれる恐怖はその作業のあまりの速さによってユーモアへと昇華した。ベッドに横になり肛門から挿入された器具はそれが見えないことによって、朝起きたばかりの頭にクリアな一撃をもたらしたが全くと言っていいほど痛みは無かった。処置が一瞬で終わり診察椅子に座ると、目の前のディスプレイに肛門の、正確に言うなら大腸内部の終焉箇所が映し出されていた。「クレヨンしんちゃん」のしんのすけにオケツを見せられる母・みさえのことをなぜか思い出して、同情するような変な気持ちになったが、デフォルメされたアニメーションで語るにはあまりに解像度が高過ぎた。それは4枚組みで構成され、圧倒的に、写真だった。以前、腱鞘炎で整形外科医にレントゲンを撮ってもらった時、写真的興味から複写させてもらったが今回は許可を請うのにも躊躇してしまった。おそらく、写真は誰かに見せる前提があって撮影がある。誰にも見せられない写真を撮れないのは写真の行為性や身体性を無視している。撮影という行為に純粋に向かえていない自分の力量を自覚した瞬間でもあった。診断結果は、切れ痔。この箇所が切れてますねと先生。昨年末にノロウィルスで別の内科医から診断を受けた際、大腸内の憩室出血の可能性があるとも言われていたので、今回それが無いとわかって安心した。しかし痔という診断は初めてなので、友人の痔の先輩に話を聞かなければならないと思っている。たぶん「ようこそ」と新しいMacBookを起動した時のように向かえてくれるのだろう。

夜は新たなプロジェクト立ち上げの準備をひたすらやって気付けば12時に。自分にしては珍しいB2Cサービスで、プロジェクトでありコンテンツのようなものを作っている。ローンチしたらもちろんこの日記でも書くと思います。

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