日本のラジオ体操ラヴァーズへ

明け方に、ラジオ体操の夢をみた。

目が覚めると、部屋のクーラーは止まっていて、着ているシャツは汗ばんでいた。

とても印象的で、鮮明だったので、これは記さなければならない。と思った。

 

僕は、ステージのある広場の裏で、ひとりギターを引いていた。そこはなぜか下北沢のような気がした。

その広場で小学生の団体が、今まさにラジオ体操を始めようとしていた。

すると、ひとりの女性が建物の裏手、つまり僕がギターを弾いていた場所へやってきた。

それは校長先生だった。それもスクール・オブ・ロックに出てくるジョーン・キューザックのような厳格で神経質なタイプの。

校長先生は僕を睨みつけるように 「あらっ」とだけ言った。

察した僕は、ギターを抱えてすぐさま退散しようとした。

すると校長先生が「あなた、歳はいくつ?」と聞いた。

僕が、ああいい歳してこんなところでギターなんか弾いて、学校の行事か何かわからないが、とにかくラジオ体操を邪魔していることを咎められるのだなと覚悟し、「30」と答えると

「ラジオ体操、参加して」と言われ、僕は小学生に笑われながら、その列に加わった。

硬いカラダを動かしながらラジオ体操をした。前屈からの後ろ反りが、いつもより全然出来なくて、なぜだろうと思った。
校長も、見に来ていた先生達もそれについては苦笑していた。

大きく息を吸っての部分は「大きく笑って」に変更されていて、僕が知らない間に、ラジオ体操にも現代版のアレンジが加えられたのだ、と思った。

「第一」が終わったところで、目が覚めた。

 

なんて変な夢なのだろう。本当に僕はそこで、ただ「ラジオ体操」をしただけなのだ。

小学生の夏休み、ちょうどこの季節だ、僕の地域では朝6時に近くの公園に集まりラジオ体操をするということが決まり事としてあった。

ラジオ体操嫌いは沢山いるが、僕は好きでも嫌いでもなかった。

昨年の夏に帰省した時に、そのラジオ体操に参加してみた。なぜ参加したのか、わからない。20年ぶりにラジオ体操をするのがどういう気分なのだろうと興味があったのかもしれない。ある朝目覚めると、ラジオ体操に行こうとただ思ったのだ。

過疎化の進むその地域のラジオ体操は、子供の数よりも、大人の数の方が多くなっていた。

それは少し悲しかったが、可笑しくもあった。大の大人が、並んでラジオ体操を行う姿はどこか愛おしい。僕の友人の親なんかがそこにいた。というより、ほぼ知っている近所の大人たちであった。そして、出席ノートに名前まで書いている。

僕の名前もノートに加えられ、その後滞在した3日間は、全て参加しマルがつけられた。

今になってやってみると、ラジオ体操はなかなか気持ちがいい。

少し肌寒い長野の山の中や、千葉の海水浴場のある浜辺で、ラジオ体操をした経験もある。そういう自然の中であれば、尚更よい。

生放送の音源で行うので、時間は決まって6時頃だし、早起きなので一日が生産的になる。

飛んだりはねたり、早くなったりスローになったり、変化があるので写真栄えもしそうだ。

「ラジオ体操で学ぶ写真術」なんて本が、あってもいいとさえ思う。

ラジオ体操を、項目別に、どのように撮るかを徹底的にトレーニングする写真教則本で、全てを撮れるようになると、自然と写真の基礎が身につくという内容だ。

開いて閉じてジャンプの時はシャッタースピードは1/500以上で、ひとりのラジオ体操選手を引き立てたい時は絞り2.8で、ラジオ体操全体をコミカルに表現したい時はf8まで絞って、とか。

「第一」と「第二」に分けて、二部構成にして販売もできるし。

。。。

一体、誰が買うというのだろう?

あとがき

ラジオ体操には第一、第二だけでなく、幻の第三があるということを知った。

もしも僕が「ラジオ体操で学ぶ写真術」を執筆するならば、見ておかねばならないとは思う。

 

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