リオネルメッシへ同調して

2020年からの記憶がない。あれから3年も経つというのに、何かがすっぽりと抜け落ちてしまっている。微かに残っているものといえば旅の残響だけ。街から海へ、海から山へ、そして島へ、一人で、数人でこの3年間沢山の旅をした。このように書くともう何もかも終わってしまったかのような気がする。まだ何かの途中であるはずなのに。年末の雰囲気がそうさせるのかもしれない。来年住む場所をどこにしようか割と真剣に考えている。そしてどのように生きるか。おそらく物事というのは区切りを持って始めたことよりも、境界に関係なく何かの衝動によって緩く始まったことの方が続くのかもしれない。この日記もそうだ。体裁的には今年の元旦から始めているが、12月の半ばから日記の萌芽のようなものが窺える。リオネルメッシは僕より一つ年下だ。それで人生での全てをやり遂げたようなあの試合を見て、僕の中の何かも同時に終わった。同時代に生きるディスプレイの中のメッシに同調するかたちで。