部屋の中にいるけど、まるで外にいるようだ。2つある窓を開け放つと風が通り、外と同じ気温になる。今日は晴れていて温かいがSiriに気温を聞いたら7℃だと言うので、嘘じゃないかと思ってしまった。部屋にはテレビも冷蔵庫も無いので、それがまた外の感じを演出してしまっている。電化製品の不在。当たり前だけどコンセントがなければ家電は使えないので、屋外では使うことができない。平原に冷蔵庫を置くとそれだけでコンセプチュアルな趣を帯びるのは、使用が想定されていない場所にあるという違和感がユーモアと有意味を喚起するからだろう。視覚的な情報が脳内の記憶や経験といった既存情報と僅かな時間差をもって照合される。既存情報とズレていればいるほど、鑑賞対象として興味深いものになる。そういうことはあらゆる芸術を鑑賞する際に起こっているが、全てをアートとひとくくりにするのは陳腐だと思う。
昼過ぎまで外みたいな中で作業して、大宮まで出かけた。電車に乗るのは久しぶりで、人出も多く年末の雰囲気がした。大宮駅に着いた時にはいい感じに夕暮れて気温もぐっと下がってきた。あたりを歩いて氷川神社を参拝した。もう正月が終わった気分がした。
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