もし自分が犬を飼ったなら

熱39度、朝からカロナール入れて37度ほどに下がるも全く仕事が手につかなかった。こんな時に仕事なんてと身内には言われたが確かにそうだと自分でも思う。しかし締め切りというは熱があろうと瀕死であろうと誰にもどうしようもできない。誰もが死という人生の締め切りに向かって進んでいるわけで、その中間に理不尽で無作為で無関係で無意味な締め切りが無数にあって、儀礼を無くした現代に生きる僕らはそれらの無数の締め切りを模擬的な通過儀礼とすることにより、ここに生存できているのだから。なんか、オンラインだと具合が悪い感じとか全く伝わらないから、今の世界というのはやはり良くなった部分はあると言え、色々とおかしな方向に行っているなとも感じたのである。病気になって気づく事はたくさんあって、この喉の痛みで身体の他者性が強調されるところとか、心と思考はどこにあって、何を持って自分を認識しているだとか、そもそも認識とはなんだろうとか。朦朧とした頭でそんなことを考えていたらまた熱が上がってきたので夕方に二発目のカロナールを入れたら、その後は随分楽になった。カロナール様様なのである。自分が犬を飼ったら、名前をカロナールにする。