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Minimalism

冷蔵庫、やめました

冷蔵庫やめました。

冷蔵庫と、電子レンジの電源を抜いて2日たちました。生きてます。そりゃあまだ2日ですからね。だけどとても清々しい気持ちです。

無くした理由を先に述べておくと

「サーモスタットの音がうるさかったから」

はい。本当に、きっかけはこれだけの理由です。

我が家の冷蔵庫はもう10年ほど使用しており、老化のせいか最近サーモスタットの音が大きくなったような気がしていました。たぶん大きくなっていたのでしょう。それがとても瞑想の邪魔になるのです。たかがサーモスタットの音くらいで、瞑想をできない理由にするなんて、ちょっと修行が足りないんじゃないの、と思ったそこのあなた。確かにそれはそうかもしれません。僕の修行不足です。

音をきっかけに、僕は冷蔵庫を捨てることを考えはじめていました。

とは言っても、僕が冷蔵庫を捨てることを考えたのは、ここ最近のことではありません。

ミニマリズムを実装してもう4年ほど立ちますが、当初から考えてはいました。スーツケースひとつ分の荷物で暮らせるのが理想ですし、家電も家具もいらないことは最初からわかっていたのです。

更に、ものを持たない生活をしていることを人に話すと決まって「あ、冷蔵庫はあるんだ」「あー、電子レンジは持ってるんだね(ワラ」という反応が返って来ました。僕はその度に、ミニマリストを公言するのなら、やはり”そのあたり”まで持っていない方が、おもしろいんだ。と。

面白さを提供するためだけに捨てたわけでもありません。

冷蔵庫を無くすことによって、人間の生活はどう変わるか、そこを体験してみたいという気持ちがふつふつと湧いてきたのです。

そこで過去に読んだ稲垣えみ子さんの「寂しい生活」を再び参照しました。大手企業のエリートだった稲垣さんは、冷蔵庫、テレビ、洗濯機を捨て、会社員も捨てて、築50年のワンルームに服10着、ガス契約なし、電気代150円で暮らしている方です。

再読して、冷蔵庫を無くしたあとの生活を、今の僕の生活とすり合わせる形で何度かシミュレーションしました。その結果、イケる気がしたのです。

冷蔵庫は時間を調整する装置です。未来に食べるために、先取りして今不要なものを買っておくことができます。また今作ったものを未来に食べるために、保存しておくことができます。食品の寿命を、電気の力を使い先に伸ばすことができるのです。冷蔵庫をなくすことは、今を生きるということで、仏教的観念と通ずるものがあります。稲垣さんの本は、個人的な体験としておもしろおかしく読めますが、このように哲学的な内容にまで派生しています。

冷蔵庫の存在は生きることの本質を見えなくして、食べることがいつしか大量生産、大量廃棄のサイクルを生み出しました。昨今のコロナ時代に食材の買いだめが起こったのも、人間が勝手に生み出した”恐怖心”からで、買いだめられ冷蔵庫にストックされた多くの食材は、腐り、廃棄されています。

サーモスタットの音から始まった冷蔵庫に対する思いは、いつしか「今を生きるとはどういうことか」という疑問に変わっていました。

これから、梅雨、そして暑い夏がやってきます。

僕はいつでも飲めるキンキンに冷えたビールや、ランニングのあとにごくごく味わう冷たく酸味のあるオレンジジュースを積極的に”あきらめる”

そこから全てをはじめていこうと思います。自分の欲望を自覚し、再び死んだ心に小さな芽を息吹かせるところからやり直します。

挫折して、小さな冷蔵庫をひそかに買っていたら笑ってください。

fridge 2012
2012年頃のうちの冷蔵庫。fridge 2012

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