生活と仕事と仮想現実空間

夜日記を書くことができなかったので、朝書いた。若干の二日酔いでエディタに向かうのが随分遅くなってしまった。日記を書いていて思うのは、昨日のことさえも意外と思い出せないということだ。何を食べ、誰と何を話し、どういう仕事のやりとりをして、どのような成果を上げ、何を作ったか。唯一確実なのは写真だけで、撮っておくことは大事だという当たり前すぎて写真学校の先生も言わなそうなことを、今更自分に言っている。仕事とプライベートという二項対立があらゆるところで持ち出されるけれど、全てがプライベートなのだと今ははっきりと言える。誰もが自分の人生を生きていて、それはすごくプライベートなもので、その中にたまたま仕事がある。しかしなぜか仕事とプライベートが同等のものとして語られる。その理由は主に二つあると考えていて、まずあまりに仕事の時間が長いためそれを人生=プライベートなものだと錯覚してしまうこと。もう一つはメディア、組織側、株主側、または雇用側が持ち出す巧妙かつ狡猾に仕組まれた罠であること。裏を返せば、全てがプライベートであるということは、全てが仕事になり得る。これから先の世界は、なにも個人事業主や会社の創業者でなくとも仕事とプライベートの境界は限りなく曖昧になり、溶けてなくなる。ひょんなことから知り合ったラッパーでNFTアーティストのYamato氏を撮影。この人も仕事と生活と仮想空間の曖昧なところにいる人だ。

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