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Essay

ママレード・ボーイ

常丸です。

昨日、ひょんなことからアニメ「ママレード・ボーイ」の第1話を見た。僕が小学生くらいのころ放送されていたアニメで、タイトルはもちろん覚えていて、見ていた記憶も残っている。当時は小学生なので、なんとなく”恋愛もの”というくくりでしか捉えていなかったと思う。その後しばらく経って、文庫本を友人に借りて読んだ記憶も残っているが、いまひとつストーリーのようなものは思い出せない。そんな中、今になって第一話を見れたことは、僕の中のマーマレードボーイのアウトラインをしっかりと書き出すのに十分だった。

物語は主人公「みき」の両親の離婚宣言から始まる。離婚の理由は、友人の松浦夫妻とハワイ旅行に行ったら、お互いの夫婦を好きになってしまったからというもの。そして離婚してパートナーを取り替え、親子関係は継続させる為、ひとつ屋根の下に二つの家族で暮らすことを選択する。松浦夫妻にもみきと同じ年齢の高校生の息子「遊」がいて、恋愛模様を描いていく。これ1995年頃のアニメなのに、妙に今っぽいなと思ってしまった。まず家族の設定というか、こじれ方がポリアモリー的で今的なのである。

この時代ってドラマ「家なき子」とか、ちょい後だと是枝さんの映画「誰も知らない」とか、アニメ「エヴァンゲリオン」とか日本を成長させるためのコードとして導入され美化された「核家族」というシステムの崩壊を描いたものが多いような気がする。確かに、マーマレード・ボーイにおいても核家族の崩壊はみられるけれど、この場合はとてもポジティブな解決から物語がスタートする。そして非現実的過ぎでもなく、日本でも実際にこのような構成で暮らしている家族は少なくないのではないかと思う。

そのような状況設定での恋愛模様。そして”離婚して6ヶ月間は女性は再婚出来ないから、もう引っ越して一緒にすんじゃおう”みたいなセリフがさらりと散りばめられていて、以前は気にもできなかったような箇所が、どんどんフックしていく。周りから「ガンダムを全て見れ」とか「スター・ウォーズを全部見て」とか散々言われていて、見るべきものがありすぎる僕は、連休や休暇がいくらあっても足りなそうだ。

だけど、きになる、のはママレード・ボーイなのかもなと思ってしまった。

しかし全76話でこれがまた長いんだよな。アマゾンで100円レンタルしても7600円。どうしましょうこれ。