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Essay

松浦弥太郎さんのセンス入門

FACTOTUM デザイナーの有働さんがどこかで勧めていたので読んでみた。

松浦弥太郎さんの「センス入門」

雑誌「暮らしの手帖」で長年編集長を務めていた松浦さんの生き方のティップスなようなものが沢山詰め込まれていた。編集するということは、センスが必要である以上に、読者のセンスについて考えることでもあるのだろう。

喋り方、振る舞い方、言葉遣い、全てをセンスと言うことができる。それはライフスタイルそのもので、一日二日で身につけれるものではなく、日々食べ、考え、体験し、書き、話し、その中で自ら見つけた小さな宝物を磨くことによってしか得ることはできない。

なんとなく「センスが良いな」と感じさせる人は実際に僕の周りにもたくさんいる。そんな人は、確かに“他人の話し”をしない。誰かがこう言ってたよ、とか、私の友達が、と他の人や、マスなメディアで見聞きした話しはしない。

その代わり、自らの体験を話す。それは別にバンジージャンプをした話しでなくても良くて。ここのランチが美味しくてこう感じたとかそのような些細なこと。自分の言葉で自分の体験を語れる人は、それだけでひとつのセンスを持っていると感じる。話していて楽しい。

また、センスを磨くには、積極的な学びを生活の中に取り入れるこについても書かれている。東京の良いところの一つは、プライベートミュージアムが充実していて、重要文化財も手軽に観れるところである。そのように生活圏の中で過去のものに触れることは、歴史に触れることであり、蓄積された美学を体感できる。

誰しも自分が変わることを恐れるものだ。違うテイストの服を着ただけで、どうしたの?何かあったの?とワイワイ言われる。しかしそういうことを気にしないこと。

センスを磨くためには、すなおさと勇気、そしてそれを受け入れる孤独も必要だ。ミニマリストになるのも、全てを手放す勇気。モノはコレクションするのではなく、自分の美学を信じて良いものだけをセレクションする意識。

そしてセンスを磨きながら、それを循環させていく。何事も留めていては、古く濁ってしまうから。

このブログもそのような循環の輪のひとつになれれば良いなと常々思っている。

One reply on “松浦弥太郎さんのセンス入門”

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