デジタルデトックスの意味

デジタルデトックスとしてスマホをなるべく見ないとか、アプリをできるだけ使わないということをやっている人がいるがあれは意味があるのだろうか。ただレスポンスの悪い人になり、仕事の生産量が落ちるだけだと思うのだが。確かに最近は仕事も生活もデジタル・リモートベースになっているのでスマホを常時携帯して見続けている。スクリーンタイムを見たら平均7時間くらい。まあ、疲れるといえば疲れる。しかし慣れの問題でもある気もする。一時は僕も先述したようなデトックスを試したことがあるが単純に仕事の能率は下がって収入も減った。それから逆張り的に、仕事と生活を分けないような方法をとることにした。つまりTwitterやSlackやDiscordにずっといて、たまにインスタグラムに顔を出し、ラインはタイミングで適当に返しつつ、考えたことはnoteにまとめて、この日記で一休みする。おそらくマージできる範囲は職業にもよるのだろう。会社勤めの人でも、案外逆張り的に仕事とプライベートを分けないほうがうまくいくのではないかと思う。Twitterでとりあえず何か愚痴って、愚痴ったところからアイデアが派生して、勢いついて仕事に取り掛かるとか。物事にとりかかるハードルをとにかく低くすることが大事で、それはあらゆる事に適応できそうだ。今この日記をいつものエディタではなくてworkflowyで書いている。おそらくアウトライナーというのは長文を書くのには向いていないが、最近のワンパラグラフの日記スタイルならひとつのノードで完成できるのではないかと思った。

で、今エンターを押して、次のノードにようやく移ったわけ。階層的な見え方ではなく、一つのノードに入ってそのままフルスクリーンで書けばUlyssesの画面とほぼ近い環境になる。そしてこれは今サブPCで書いているのだけど、どこでもデバイスを問わずに日記がかけてしまうというのも取り掛かりのハードルを下げていることになる。デジタルの中に存在しつつも、そこでいかに休息方法を見つけるか。もちろんアプリ通知を全てOFFにするなどの小技も併用しながら。

夜、元渋谷あばらやの店主ハプニングさんが立ち上げた新しいお店へ。オープン準備真っ最中で、軽く下見のつもりがドリンクだけは飲ませてくれるということで飲んでいたら顔見知りがどんどん集まった。どうやら人間の営みの本質があるのは、どこまで行ってもデジタル上ではなくリアルな場らしい。

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