ミニマルタナカ

 少し時間ができたので、ショートトリップした。それは身体の移動というよりも、精神の移動だった。叔母が営んでいた蕎麦屋のある山梨の人里外れた野原を歩き、近くの牧場で馬を眺めたりして過ごした。

 東京の家に帰ると、そこにある全てが不要な物に思えた。元々持ち物は少なかったのだが、自然から戻ると30平米程のその部屋はいやに狭く思えた。机とスピーカーを処分して、床に積もったホコリを拭いたら、そこにはベッドと古びたスーツケースだけが残った。
 2014年頃だったと思う。Joshua F MillburnとRyan Nicodemusの本を読んで、僕はミニマリストとなった。その後日本でミニマリズムがファッションのようにもてはやされることになった。
 僕はバカのように本に倣い、部屋にある書籍や、棚、仕事に使うカメラまでも、ほとんどの持ち物をその年に一斉に処分した。売ったり、捨てたり、譲ったり。そこにはある種の快感もあったと思う。しかし、後に気づく不便さもあった。カメラについては、デジタル機材の一切を失くし、フィルムのライカ一台、レンズはズミクロンの50mm一本となった。お陰で、望遠やオートフォーカスの必要なスピーディーな仕事は全て断らなくてはならなかったし、収入もかなり減ったと思う。(それでもデジタル機材を貸してくれて仕事をさせて下さる方々もいた)それから、モノに対し、あるいは口にする食物にまでに強い感謝の気持ちを抱くようになった。
 ミニマリズムの効果に関しては、ここでは詳しくは語らない。すでに多くの情報があるし、僕のやり方に関して何か聞きたければ、個人的に連絡してくれればと思う。
 そういうわけで、この表現が正しいかはわからないが、更に何もなくなったわけだ。夕暮れる前の部屋で、味噌汁をつくってスーツケースの上で食べた。(四本あった蛍光灯は切れるたびに処分し、今では二本なので暗くなる前に食事を済ませてしまわなければならない)いつも以上に、とても、生きているような気がした。
 しばらく住んでいるはずなのに、その部屋はまるで越してきたばかりの様相を帯びている。現在、上京、ティーンエイジと遡り、その想像は僕を生まれたばかりの地点へと連れてゆく。今日が全ての始まりなのだと思う。誰にしても、今が最も若い日なのだ。
 越したての新しく何もない日本の部屋には、日本語で唄うEGO-WRAPPINが似合う。ウイスキーとラムネ、アマイカゲ、そして色彩のブルースが流れる。「ルパン三世のテーマ」でつぎの夜へ飛び込んでいこう。

 

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