ふとした時に、山が足りていないと感じる時がある。まるで野菜が足りていないかのような言いようだが、野菜は足りている。年始の大掃除ついでにマウンテンブーツの手入れをした際、それは確信となった。
 数年前まではよく山を登っていた。多くは東京にあるもので、それほど深刻な山ではなかったが、自然を感じるには十分だった。高い木々の隙間から柔らかく射す光と、それに照らされる土と緑があった。無心で歩いていると、自分が惑星に属する一人の小さな人間なのだということを思い出させてくれる。だいたいカメラを持っていて、同伴人もいるが、ひとりで歩くのも楽しい。開けた場所で吹く風、背中に染みる汗、山頂にたどり着く頃にはほとんど全てのことはどうでも良いように思えてくる。何かがリセットされるような、そんな感覚が心地いい。
 山というよりは、生粋の海育ちなのだが、叔母が長野の山奥で暮らしていたこともあり、小さい頃はよく訪れていた。夏のスキー場を歩いて、虫を探したり、きのこを採ってきて料理したりした。そのような記憶が、海派でも山派でもあるような気質を生んだのだと思う。
 今は仕事写真の内容が少し変わって、山を歩くことが減ったけれど、今年は歩きたい。

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