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Camera Essay Photography

Musée du Louvre

ルーブルの造形

ルーブル美術館は外から見ても、中から見ても美しい。

僕は写真を撮って、現像した後でそのことに気がついた。

広告やクリエイティブというのは、後に表出する制作物こそ美しさを備えてはいるが、制作現場の裏側は以外にダサかったり、カッコ悪かったり、汚かったり泥臭かったりする。映画の美術セットの裏側が、ただのむき出しのベニア板であるように。

出来上がるものが美しく、理にかなっていて、クライアントが満足出来ればそれで良いのだろう。

しかし、ルーブルは外から見ても、中から見ても美しい。

二回言ってしまった。

ルーブル、中から

そして所蔵しているものも、4000年くらい前のものから、1800年代くらいのものまで、幅広く、膨大で、そういうものを創ってきた人間という種族も捨てたものではないと思わせる何かがある。

すべての創作物をきちんと見ようと思ったら、丸4日でも足りないだろう。(合計38万点の作品があるらしい)

元はルーブル城というか、要塞だったため、内部も複雑でその面影が残っていて、ダン・ブラウンダ・ヴィンチ・コードを思い出さないわけにはいかない。

そして僕は、毎回「サモトラケのニケ」を見るだけで、あらゆる過去の殺戮や祈り、破壊と再生、旅立ちと帰路を思い、全身が打ちひしがれて、疲労し満足し、トロカデロのホテルに戻ることになる。

旅には普段35mmを持っていくが、パリはブレッソンのせいか、50mmが多い。この記事の写真はシグマのカメラで撮影している。45mmみたいな、絶妙な焦点距離がどこか愛おしい。

パリにはブレッソンだけでなく、アッジェもいるから、次は大判を持ち込んでみたいとも思っている。