Categories
Essay

猫の名は

 年末は、二匹の猫を飼っている友人の家でポットラックディナーをしました。しつこく2回も開催したのですが、2回ともホストの方がチキン南蛮を作ってくれました。それは僕が東京で食べたどの南蛮よりも美味しく、ひょっとしたら宮崎のチキン南蛮よりも美味しいのではないかと思いました。しばらく食べていないので、本場の味を忘れてしまったのかも。そして、猫たちが愛くるしくてたまりません。
 問題は毎回、猫の名前を混同してしまうことにあります。「君の名は」のように、その二匹の間での入れ違いではなく”僕が個人的に出会った過去の猫たち”の名前と混同してしまうのです。タナカに猫好きの友人が多いのも一つの要因でしょう。
 サスケにむかご、トラにネコ。反射的に出てしまいます。どれも全くもって間違っているのですが、先日は他の友人たちも途中から「サスケ!」と間違った名前で呼んでいました。もちろんそのネコたちは一切気にすることなく、気丈に優雅に振舞っていましたけれど。(茶色の方はねずみ色に怯えて、二階の部屋に引きこもっていましたね)
 猫のいる家はそれだけで素敵ですが、二匹いると名前の付けがいがあるだろうなと思います。僕は職業柄というかなんというか、デュオで活動しているフォトグラファーの名前をつけたくなります。これは巨匠方には幾分失礼な話なのですが。ひょっとしたらもう出版やファッション関係の飼い主で、こっそりつけちゃっている方がいるかもしれません。いませんかね。
 イネズヴァンラムズウィードとヴィヌードマタディン。長いですが気品あふれます。マートアラスとマーカスピゴット。まーという音がかぶってしまうので、呼ぶときはアラスとピゴットで。どんなに興味がなくて世界のどの都市にいても、現在この2チームの写真を見ないことはない、という類の写真家たちです。フォトグラファーではないですが、アレグザンダーマックイーンとジョンガリアーノというのもありでしょう。ちなみにファッションデザイナーのアレグザンダーマックイーンは莫大な遺産の相続先を「愛犬」として自殺しました。言葉になりません。
 しかしよく考えると、生きている人物の名前を実際に付けるのは、あまりよろしくないようにも思います。倫理的な問題と関わってきますし、何よりイネズやマーカス本人が家に遊びに来た時、絶対に呼ぶことができないからです。名前をつけるというのは、それが猫であれ人であれ難しいものですね。(トキマルという猫や犬はたくさんいるのがこの問題をさらに難しくしています)
 それで、猫の名は?