ノン・ファット・タンサン

東京都内の住宅地の密度というのはすごくて、歩いているとビルの硬さと電線の混線具合が織りなすキュビズムな圧力にただ圧倒される。具象すぎる故の視覚認識的抽象がそこにはあり、じっと眺めていると写真にしなくても目が心地よくなったりする。住宅街で昼間にそのようなことをやっていると確実に職質を受けるくらい怪しいので、さっと一枚だけ写真を撮って散歩している風に颯爽と通り過ぎる。しかしどこへ向かうでもなく、目的地も無い。目的地が無いのが散歩でしょ、と誰かが言う。しかし散歩は必ず家に戻る。家があってこその散歩なのだ。もし家が無いならば、それは散歩ではなく放浪となる。戻る場所が無いということ。その時、東京都心の住宅街のキュビズムはまた見え方を変えるだろうか。お昼、幡ヶ谷でカレーを食べて途中でコカコーラの自販機にNFTと書かれているのを見つけた。確かにこれは誰にも代替できないトークンである。コカコーラという全世界資本に日本特有の量産型自販機、まず重くて持ち運べそうにもないし、手書きマジックの緩い文字と星のような絵。もしかしてこれはノンファンジブルトークンではなく、ノンファットタンサン、つまりコーラにも掛けているのではないかと、撮った写真を見ながら思っていた。