三十五歳を過ぎた男たちの

ものすごい秋晴れとは裏腹に、様々な仕事の困難性に踊らされながらも、夜は鍋などを食べたりして小さな幸せを噛み締めている。夜中にふと「35歳を過ぎた男たちの憂鬱」という言葉が浮かんで、それについてしばらく考えていた。ここでは男ではなく男「たち」というのが重要で、そこに友人や知人たちのそれぞれの困難さに連帯感を抱かずにはいられない。もちろん僕自身もその憂鬱の中にいる。連帯感ときて、倦怠感、倦怠感よりも停滞感。最近はそういうニュースばかりで、どちらかと言えば劣等感よりもゲットー感を抱きながら生きていきたいと思う今日この頃である。写真は新宿。タバコは10年くらい前にやめた。