パリも神田もそれほど変わらない


久々に神田を歩いた。

日曜日の夕暮れ前で、雨が降っていた。

数枚、写真を撮ってみたところ、まるでパリだなと思った。

それはあまりにパリに対して、あるいはパリを愛している人にとって乱暴な言い方に聞こえるかもしれない。

写真にすると、僕らが生きる3次元の現実は、二次元化される。

そしてそれぞれの事象は、それがいくら精巧な描写であっても、ある部分でデフォルマイズされることを避けられない。

そこには、年数や強度さえ違えど、コンクリートや石でできたビルがあり、空があり、道路があり、そして人がいて、雨が降っている。

ただそれだけだ。

直線的な構成は、鑑賞者の脳で、それぞれの印象に変換される。

僕にとって、パリも神田も何ら変わりないのだ。

ただ一つ違う点をあげるとするなら、スケール感が違う。

ブレッソンは50ミリを使い、木村伊兵衛は35ミリよりを多く使ったということからも明らかなように。

確かに、パリの街は袋小路のような部分さえあれど、全体としてはゆったりとしたスケール感を持っている。道路のつくりも広い。

日本は神田でなくても、どこへ行っても50ミリだとストリートを撮るには少し窮屈だ。

だから28ミリから35ミリの方が自由に動ける気がしてくる。

木村伊兵衛もそのようにして、そこだけはブレッソンに習わずに、独自の視点を獲得したのかもしれない。

街を撮りつつも、街に撮らされたのだ。

平日はスーツで溢れかえる神田も、この日は閑散としていた。
雨に濡れた道路が、えげつない店のネオンで染められ、滲んでいた。

paris 2013
paris ©tokimaru 2013

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