Categories
Essay

今でも電話してくる人たち

 

常丸です。

仕事でかかってくる電話が嫌いです。メッセンジャーにラインにsnsに、これだけテキスト文化が成熟しているのに、今でも電話でしょうもない要件を伝えてくる人たちがいます。電話は相手の時間を奪う行為です。何かやってる最中に、かける側の都合で一方的に呼び出され、べらべらと話し、電話が切られた頃には自分がやろうとしていたことを忘れてしまいます。積み重なる電話で作業を中断させられると、セレクトもレタッチも一向に進みませんし、クオリティも低下している気がします。

先日、仕事場の電話に僕宛に電話がかかってきました。保留状態で数十メートル先に呼び出されましたが、なにかの問題で切断されました。電話を受けてくれたひとが相手の番号を控えており、かけ直しました。担当に繋がると「タナカ様、そちらのお電話ですので申し訳ないです、すぐにこちらから折り返します」「いや、大丈夫です。要件はなんですか」「いえ、すぐに折り返しますので、失礼します」と一方的に切られてしまいました。ここまでくると、親切通り越して侵害です。電話代よりも、折り返しに取られている時間のほうが圧倒的に価値が高いのです。

結局内容は近日中に見せるものがあるので会いたい、というアポ入れの電話で、メールなら一行で済む話でした。僕たちの職種はまだまだ電話が根強い感じがします。それは中間を取り持つエージェントや事務所や代理店が電話文化を持つ古い体制だからです。30代以上の人は電話を好む傾向がありますが、20代の担当と仕事をすると、彼らも電話を嫌うので無茶苦茶快適でスムーズに事が運びます。

特に写真を扱っていると、ファイル名の指定や修正指示等は文章のほうが圧倒的に分かりやすいし、残るので後から参照するのも楽で相違も減らせます。一定の領域を超えると、顔を突き合わせてすり合わせたほうが早い、という状況になりますが、そこまで行かなければ圧倒的にテキスト強しです。付き合いの長い担当の方は「トキマルは電話できないヤツ」と分かっているので、絶対メールです。新規の取引先には最初に「僕は電話には出ません、以後メールでお願いします」と伝えています。

結婚式に出ないのと同じで、一度電話には出ないと決め込むと、生きるのが随分楽になりました。遠距離恋愛の彼女の電話には積極的に出たい派ですが、そのような経験も無いもので。

それでも電話を嫌う意味がわからない方はホリエモンの本でも読んでみてください。

多動力 by 堀江貴文