Photographer Wataru Yoneda

数々の著名人やアーティストのポートレイトを手がけ、独自の理論でファッション写真を追求するWATARU YONEDA。Nick Knightに学び、東京に戻ってからは、更にその領域を拡張し続けている。写真の道の始まりから、ロンドンを経て、今考えていることまで。師と弟の哲学的対話のような体裁で展開する、1時間超に及ぶ独占ロングインタビュー。

WATARU YONEDA
– DAFTT 2017

PHOTOGRAPHY BY WATARU YONEDA
INTERVIEW AND PORTRAITS BY TOKIMARU TANAKA

– 写真の始まり、ロンドンとニック・ナイト

TOKIMARU TANAKA – 前回お会いした時、現在の世界情勢の影響が国内外の写真に現れているという話になりましたね。それでもっと米田さんに話を聞いてみたいと思いました。この話がどの方向に進むのかわからないので、今日は楽しみです。
WATARU YONEDA – たまに凄く、頭のいい日があるんだ。一週間に1、2日くらい頭のいい日があって、5日ぐらい馬鹿な日があるんだけど、たまたまその2日に当たったんだと思います。ちなみに今日はその日ではないです。

TOKIMARU TANAKA – 笑。では改めて、ロンドンの話から。なぜロンドンに行くことになったのですか。
WATARU YONEDA – 結構遡るんだけど、もともと写真を始めるきっかけがニックナイトで。高校生の時に凄くファッションに興味があって、服をよく買っていたんだけれども、カッコつけていたから服だけでなくて、カルチャーを知っていた方が、オシャレでカッコいいんじゃないかという。ナルシズムですよね。そんな俺ってかっこいい、みたいな。

TOKIMARU TANAKA – 表面だけでなく、中身を知っている方がかっこいいと思ったんですね。
WATARU YONEDA – そう、だからコレクション見たりとか。当時『ファッション通信』というテレビ番組があって、大内順子さんという元モデルの人がナビゲーションしてる番組で。今みたいにインターネットはないから、そこでパリ・ロンドン・ニューヨーク・ミラノのコレクションのキャットウォークを流して、大内さんがトレンドを解説するというもので。まぁその番組を見たり、あとは高校3年で家を出て中野の祖母の家に住んでいたから、高円寺の古本屋で写真集を漁ったりして。その時たまたまニック・ナイトの写真を見て、衝撃を受けたんだよね。ピーター・リンドバーグやハーブ・リッツの美しいポートレートも凄く素敵だったんだけど、ニック・ナイトの、何て言うんだろう、エッジィなところが。同じ時期にニックが撮ったヨウジヤマモトの写真を見て。それまではファッション写真って『VOGUE』で見るような、美しいモデルが美しく写っているようなものだけだと思っていたから、凄く刺激的でね。これはやばい、こういう写真もあるんだって。

TOKIMARU TANAKA – 服への興味から写真に入ったタイプですね。
WATARU YONEDA – そうだね。亡くなったお祖父ちゃんの住んでいた部屋に暮らしていて、そこにカメラがあったの。写真とか撮っていた方がかっこいいんじゃないかって。その時は今みたいに写真ブームでもなかったし、写真撮っていた方が他の人と違ってね、俺カメラやってるんですみたいな。服と一緒で、そう思ってやり始めたらはまってしまった。

TOKIMARU TANAKA – そこからスタジオですか?
WATARU YONEDA – いや、そんな感じでやってて、大学二年ぐらいの時にファッションショーのバイトをしたの。写真ではなく肉体労働で会場の椅子を設置していたら、カメラマンの人がいたからちょっと話かけてみたの。そしたらそれが当時『ELLE JAPON』なんかをやっていた石塚さんという方で。趣味で写真やっているんですが、専門学校とか入った方がいいんでしょうかって聞いたの。僕は普通の大学に通っていたから。そしたら入った方がいいんじゃないと言われて、撮影も見に来る?と誘ってくれて、見に行くことになって。それから弟子入りさせてくださいと言って、弟子入りしたの。

TOKIMARU TANAKA – そうなんですね。初めてちゃんとエピソード聞いたような気がします。
WATARU YONEDA – で、大学がたまたま新設の法学部の第1期生だったから、出席をとる必要がなくて。

TOKIMARU TANAKA – え、法学部ですか?
WATARU YONEDA – 高校でファッションにはまり、一浪して、大学に入る頃になるとファッションに対する興味を既に失ってて、政治家になろうと思ったのよ。それで政治学科を受けてた。でも大学入ってしばらくすると、今度は写真にすっかりハマっちゃって、政治家になる興味を失ったんだよね。大学も辞めようと思っていたけど、その頃石塚さんに出会って、大学は辞めずに夜間の専門学校(東京総合写真専門学校)に通うことにした。

TOKIMARU TANAKA – 言われた通り、専門学校にも行ったわけですね。
WATARU YONEDA – そう、ダブルスクールでね。昼間は石塚さんのアシスタント、夜は写真専門学校に行ってたんだけど、そこは作家志望が多いところだったの。二年の時に鈴木理策さんが先生で、その頃には既に僕もファッションから興味を失っていて、写真作家で食べていきたいと思っていたくらいで。ただやっぱりどう考えても食えないというのがわかったから、ちょうど大学も行っているし、一番初任給の高い会社に勤めて、お金はお金で稼いで土日で作品を撮ろうと。写真作家サラリーマンを目指そうと。それから僕が卒業する頃、石塚さんがアメリカに行くことになり、その話をしたの。今ドンキに受かってますと。笑 そしたら、やめてくれと。絶対変なことになるから、結局皆サラリーマンになっちゃうから、作家でやっていきたいんだったら、スタジオでも受けた方がいいって。それでスタジオ調べて一番給料が高いところが、スタジオエビスだったの。

TOKIMARU TANAKA -給料!笑 そうなんですね。
WATARU YONEDA – それでしばらくはスタジオでアシスタントをやっていた。特に理由はなかったんだけど、入る前から一年半で辞めようと決めていた。スタジオを卒業したら、だいたいみんな直アシについていたけど、つきたい日本のカメラマンがいなくてどうせつくんだったら、ニックナイトしかないという気持ちはあって。同時に、世界を放浪して経験を積むことも考えていた。まだその時は写真作家になりたいという気持ちがあったから、放浪していろんな国を見て吸収した方がいいかなって。いずれにせよ、資金が必要だったから必死に貯金してました。当時作家志向の人は、『switch』とか『H』等のカルチャー誌で撮るというのが一番イケてたから、スタジオを辞めて、作品を『switch』に持ち込みしたら、すぐに仕事が来たから、これはやっていけるなと思って。結局悩んだ末に、アシスタントにつくのではなく、放浪の旅に出ることに決めて、バックパッカーとして一年ほどアジアから、ヨーロッパ、アフリカと旅をしていました。戻ってから、最初はカルチャー誌をやって、その流れで少しずついろんな雑誌のポートレイトの仕事をもらえるようになった。

Ai Hashimoto ©WATARU YONEDA
Ai Hashimoto ©WATARU YONEDA

TOKIMARU TANAKA – 米田さんは、ファッションとポートレートを同じくらいの比重で撮るという印象がありあます。
WATARU YONEDA – でもポートレートやってたら、ファッションではなく、風景の仕事が来たの笑 『PLUS81』の編集長がスペインからモロッコへ渡る旅のフォトストーリーを企画していて、同じルートをバックパックしたことがあったから、だったらって。それからは割とカルチャーものが多かったです。ポートレートと風景が仕事の大半だった。ずっとそんな感じで32歳くらいまでやってたのかな。そしたら急に初心に帰るというわけじゃないけれど、またファッションへの興味が戻ってきて。

TOKIMARU TANAKA – 長い時間をかけて、最初の興味に戻ったわけですね。
WATARU YONEDA – そうだね。紆余曲折を経て、戻った感じ。でもやはり国内のファッション写真の仕事に対してどこか閉塞感は感じていて。そして同時に素直な気持ちで、もう一度ファッション写真を勉強したくなった。大学の時に、会社定年後の方がもう一度入学したりしていたんだけど、その気持ちがわかった感じ。大人になって学び直したいという。

TOKIMARU TANAKA – 写真家にはそういう人が多い気がしますね。新津保さんも最近絵の学校に通って、個展していましたし。でもある程度年齢が上がると、新たに始めたり、学び直すというのはかなり体力のいることだと思うんですけど。
WATARU YONEDA – 単純にもう一度学び直したいという気持ちと、このまま行った先の自分の可能性が何となく見えてしまって。根拠もないし、感覚的なんだけど、このままある程度稼いで、何となく人生終わって、何も残らない。生きてきたからには何かしらの痕跡を社会に残したくて、でもこのままだと何も残せないという感覚があったから。


©WATARU YONEDA
Barcelona ©WATARU YONEDA

TOKIMARU TANAKA – それからどのようにな経緯でニックに学ぶことになったのですか?
WATARU YONEDA – ロンドンに撮影の仕事で行った時に、たまたま時間ができたんだよね。それでフォトグラファーズギャラリーという有名な写真ギャラリーがあるんだけど、そこに行って展示を見て、帰りにミュージアムショップに寄ったらたまたまニックナイトの写真集が置いてあった。ずっと欲しくて買えなかったものが中古で6000円くらいで売っていて。店員にその話したら、興奮しているのが伝わったみたいで。これ状態あまり良くないけどいいのかと中身開いて見せてくれて。そんな会話をしていたら、ニックのスタジオ近くにあるよと言われて地図を書いてくれたの。その足で訪ねたら、受付に女性の方がいて。特に何の考えもなく、ニックのアシスタントになるにはどうしたらいいですかと聞いたら、ウェブから応募してと言われて。わかりましたと言って、帰国した。

TOKIMARU TANAKA – それは4、5年前ですか?
WATARU YONEDA – いやもっと前、9年ほど前だよ。

TOKIMARU TANAKA – それで、持ち帰って?
WATARU YONEDA – 自分の中でグワグワ来だして。ずっと閉まっていた引き出しが急にガバッと開いた感じというのかな。もともと写真を始めるきっかけだったし、勉強し直そうとも思っていた矢先だったから。ニックの元で学びたいと強烈に思うようになった。でもウェブから応募って世界中からいったい何人くるんだろうって。無理だろうなと思った。それから海外にコネクションがありそうな人に関係者いたら教えてと言い続けて。すると一年後くらいに、ニックの友達だって人が見つかったわけ。

TOKIMARU TANAKA – すごい!ウェブから応募よりも、遥かに近道ですよね。
WATARU YONEDA – ずっとイギリスいてファッション関係の仕事していた人で。その方に話したら、ニックにコンタクトしてくれるということになり。その人がニックに僕の履歴書と作品を送って話をしてくれた。そしたら、ニックも気に入ってるから、次のアシスタントに変わる段階で連絡をくれるという話になったから、それでほぼ決まりだと思った。だけどそのあと全然、連絡が無く。だんだんネガティブになってきて。なれないんじゃないかと。

TOKIMARU TANAKA -いつまで待つんだ、という。
WATARU YONEDA – うん。で三年ぐらい経っちゃったのかな。ちょこちょこリマインドしてくださいとか言ってたんだけど。ある日、その人から急に連絡があり、いろいろあって、この話はなかったことにしてくれと言われて。もう愕然としたよ。これはやばいと。その時既に、2、3人の人に話していたのが、広まってしまっていて。米田行く行く詐欺のように。笑 それで、もうこれは直接行ってニックに直談判しかないと思って。それでロンドンのSHOWSTUDIOに直接行ってきたの。

TOKIMARU TANAKA – 二度目のアタックですね。
WATARU YONEDA – 受付の人に事情を話してニックに会いたいと言ったら、ニックは今ロスにいていつ返ってくるかわからないって言われてね。アポイントがないとニックにも会えないからとマネージャーの連絡先を教えてくれた。彼女に連絡したら、いつ戻ってくるか判らないから、今はアポイントを取るのは難しいと言われ、アシスタントの件は、ファーストアシスタントのMarknが管理しているからと連絡先を教えてくれてた。そして、彼に連絡してどうしても会いたいって言ったら、わざわざ日本から来てるからって3日後に会ってくれることになった。と同時にニックに直談判しなきゃと思って、毎日SHOWSTUDIOに通ってたんだけど、まだロスから帰って来てないって言われ続けてね。そしたら、3日目かな、ちょうどMarknと会うことになっていた日、ドアを開けたら、ニックがいて、受付の女性と立ち話をしていたの。お土産渡して、アシスタントにしてくださいって頼んだら、アシスタントはファーストアシスタントに任せているから、彼と話してくれって言われてね。ちょうど今日これから会うんですって言って、彼がOKしたら撮影入っていいですか?って聞いたら、良いよと言ってくれた。その夜、Marknと会って事情を話したら、ウェイティングリストがかなりあるからと言われて。

TOKIMARU TANAKA – やっぱりあるんですね笑
WATARU YONEDA – だからいきなり来てセカンドには入れないと。ニックと直接約束をした人が他にいるのなら、そちらからもう一度話を通してもらった方がいいと言われて。確かにその通りだと思い、納得した。でも彼との話は既にご破算になっているから、もう無理じゃない。そもそも何で既に日本で仕事出来ているのに、それを捨ててわざわざ異国でアシスタントなんかやろうとしてるんだって聞かれて、その思いの丈を話していたら、熱意を感じ取ってくれて。セカンドには入れないけど現場に立ち会えるようにはしてあげると言ってくれた。

TOKIMARU TANAKA – それで入り込んだんですね。
WATARU YONEDA – そう。序列はどうでも良かったしね。とにかくどんな形でもニックの元で学びたかった。給料は出ないよと言われたから、分かったっと言って。ならば今すぐは行けないから、お金が貯まったら連絡すると言って、一旦帰国し、貯金して準備して、それからようやく一年程滞在できたの。

by Tokimaru Tanaka
©Tokimaru Tanaka

TOKIMARU TANAKA – 実際の現場はどうでした?
WATARU YONEDA – ニックの撮影現場は驚くほどコンパクト。もっと大掛かりなスケールで、ものすごいセットを組んで撮ってると思っていたわけ。ところが思ったよりスタジオも遥かに狭いし、全く仰々しくなくて、何ていうかすごく自然だった。

TOKIMARU TANAKA – ヨーロッパらしさなんですかね?アニーリーボビッツとかユーチューブで見るとすごく大掛かりですよね。まさにアメリカ的というか。スタッフの人数やロケーションもスケールが違う。それはアニーだからというのもあるとは思いますけど、撮影自体にエンターテイメント性があるというか。でもロンドンの現場はある意味、日本の方に近いのかもしれませんね。
WATARU YONEDA – ベルグレイヴィアという高級住宅街の一画にあって、SHOWSTUDIO自体は結構大きいんだけど、撮影スタジオに入ると、想像よりも小さくて。ライトとかもものすごくシンプル。

TOKIMARU TANAKA – その分デジタル処理に頼る感じですか?
WATARU YONEDA – そういうことではないね。それは、また別のプロセスだから。ライトセットは研ぎ澄まされている、最終系という感じなのかな。例えばバック飛ばしなんか、日本だとハレ切りして、カサバンを丁寧に当てるじゃない。どこのスタジオでもだいたい似通っているよね。

TOKIMARU TANAKA – あれ何故なんでしょうね。
WATARU YONEDA – 僕もそう習ったからわからないけど。ニックのところは直二つで、ボード立てちゃって、下開けずに締めてるわけ。

TOKIMARU TANAKA – 足元に光回らないですよね。
WATARU YONEDA – 余計な光は回さないということだろうね。とにかくすごくシンプル。撮影中の僕の主な仕事は、ライブストリームのビジョン・ミキシングというものだった。2台のカメラで、メイクルームからスタジオまで撮影現場を記録していて、それをオンタイムで繋げてライブでSHOWSTUDIOのウェブサイトで配信するのね。僕は、その2台に何を撮るかやフレーミング指示を出して繋げる。ある日ビョークの撮影があって、朝11時にニック達がインするから、僕達は8時に入った。するとメイクルームに本当にものすごい量の服が並んでいたから、一体何カット撮るのかって聞いたら、4カットだって。びっくりしちゃった。その時は、肌に直接マスクのようにスワロフスキーを貼るというメイクだったから、11時に開始して、シュートが3時過ぎだったかな。掛かるものには時間が掛かるのは当然という感じで、その日は1カットで撮影はお終いだったよ。

TOKIMARU TANAKA – ニックに一番学んだことってなんですか。
WATARU YONEDA – ニックにはSHOWSTUDIOとしての活動と、フォトグラファーとしての活動があると思う。SHOWSTUDIOは撮影や服などのクリエイションの制作プロセスを公開したり、デザイナーへのインタビューや評論家や学生を呼んでのパネルディスカッションを行い、ファッションムービーのコンペティションを主催したりして、ファッション業界全体を活性化し、次世代の教育を考えたり、若い才能を応援したりと、文化資本を共有しながら世界に発信していく総合的な文化プロジェクト。それは本当にすごい活動だと思う。それに、普通は撮影してるところを見られるの嫌じゃない?

TOKIMARU TANAKA – 裏側を見られるのはあまり。SHOWSTUDIOのシステムは画期的ですよね。写真家の活動範疇を超えています。
WATARU YONEDA – 今では当たり前だけど、インターネットでのキャットウォークのライブストリームをやり始めたのもニックだからね。

TOKIMARU TANAKA – 先取りしていますね。ファッション写真だけでなく、業界のシステムそのものを変えたいのではないかとすら思ってしまいます。
WATARU YONEDA – そうだね。もっと広く考えていると思う。結局ファッション写真だけでなく、ファッションムービーもいち早くやり始めたしね。ファッションイラストレーションの企画なんかもそうだろうし。あとは、単に美しい作品を作るだけでなく、社会に対して問題を提起したり、考え方や価値観を問うようなメッセージの入れ方とか。ディスアビリティーのある人々をいち早くモデルにしたり、美の価値観を考えさせるようなものが入っている。ファッション写真・ムービーに表現の場はありながらも、常に社会に対して問題意識を持っていて、そして素晴らしいデザイナーとコラボして、彼らの考えや美学だったり、自身が訴えたいことをどう作品に落とし込むのかを考えている人。そしてその出来上がった作品がまたかっこいいのがすごいところ。

TOKIMARU TANAKA – 確かにコンセプトに行き過ぎると、写真が不明確で、良く見えないというのは多い気がします。でもニックはコンセプトが入りながらもかっこいい。
WATARU YONEDA – 一つを作るためにかける時間と労力がすごい。実際に撮る時は、偶発的な力を信じてるのか、コントロールしているようで柔軟な面もある。ライトを撮影中に何度も変えたりね。エネルギッシュで、ある部分はアナログ。でも偶発性含めて、全てコントロールの範囲にあるのかもしれない。

TOKIMARU TANAKA – 偶発性を含めてのコントロール。怖さがありますね。
WATARU YONEDA – 今まで自分が甘かったなと思うのは、あのニックでさえものすごく労力と時間をかけて一つの作品を作っているのだということ。常にあれでいいかこれでいいか模索し続けながら、いい年なのに、誰よりも動き回ってしつこく必死に撮っている。端から見たら既にいいカットはたくさん撮れているのに、最後の最後まで自分のイメージを追い求めるというのかな。その制作の姿勢。それが一番学んだことかもしれない。

Tribute work to Osomatsusan for Pen+magazine ©WATARU YONEDA
Tribute work to Osomatsusan for Pen+magazine ©WATARU YONEDA

– 帰国後、そしてこれからの写真の行方

TOKIMARU TANAKA – ロンドンから戻って、改めて日本の写真について考えたことはありますか。僕は常々、ファッション写真またファッション写真家の不在を感じています。それは洋服というものが、本来西洋のものだということが第一にあります。表面的にクオリティの追求はしているけれど、本質的に撮れてる人は少ないのではないかという思いです。未だに世界的にファッション写真を牽引しているのは、欧米圏のフォトグラファーです。デザイナーやメゾンが不在の故、それを表現する写真家や市場が育たないのは自然なことで、いつも日本でファッション写真をやれるのかという問いが心の中にあります。
WATARU YONEDA – これはパーソナルな話なんだけど、最近はファッション写真という考え方をするのをやめたのね。

TOKIMARU TANAKA – どういうことですか?
WATARU YONEDA – 今までは、欧米のファッション・モード写真に対してコンプレックスや憧れがあったから、それっぽいものを撮ろうとしていた。それは技術面で成長のストーリーだから最初は良いと思うわけ。ニックに学び、帰国してしばらくは、どこかでニックっぽいファッション写真を撮っていたけど、最近ようやく我に帰った。それと、ファッション写真という枠組みを作ってしまって、カテゴライズすること自体が違うなと思って。ファッション写真は結果であり、そこに規範や枠組みのようなものはない気がしてきて。服が写っているのはファッション写真だと思うし、今は皆服を着ているから、裸じゃなければファッション写真じゃないかとか。笑 それは暴論だけど。ちなみにファッション写真っぽいポーズってあるじゃない?光とか、メイクとかモードな服着てバシッみたいな。

TOKIMARU TANAKA – いわゆる”お決まり”のポーズですね。
WATARU YONEDA – そう。ザ・ファッションみたいな。それもありつつ、今のストリートの文脈が入ったものもあるけど。それらだって当初は、そういう典型的でモードなファッション写真に対してのアンチテーゼだったと思うの。

TOKIMARU TANAKA – ヨーガンテラーやテリーなんかもそうですよね。
WATARU YONEDA – うん。彼らにとっての解釈の問題でもあるのかもしれないけれど。でも今、逆に彼らのようなスタイルが溢れかえっているのを見ると、今度はそれもそれで変わらなくなってくる。

TOKIMARU TANAKA – ひとつのフォーマットになっていますよね。
WATARU YONEDA – フォーマットだよね。

TOKIMARU TANAKA – あ、またこれかみたいな。
WATARU YONEDA – 35mmで撮って、フィルムっぽい粒子乗せたりとか、あと雰囲気も。それらも含めいろんなスタイルがフォーマット化されていて。それで自分はどうしようかなと思った時に、そもそもファッション写真という枠でものを考えている時点で、もう自らをフォーマットに当てはめているような気がしたわけ。話は少しずれるけど、普段ラグジュアリーなものに接していない人が、ラグジュアリーな世界観を表現しようと思ったら、できるかもしれないけれど、その人にとっては全く自然なことではないよね。

TOKIMARU TANAKA – 背伸びする感じですかね。
WATARU YONEDA – うん。ロンドンでニックの次に学んだのはハロッズからなのね。滞在中、買い物はしないんだけど良く通って。ハロッズには世界中から本当に良いものが集まっているわけ。インテリアとか本当にラグジュアリーで、見ているだけでもすごく面白かった。階級社会で、お金持ちの貴族みたいな人たちがいて、宮殿やら、豪華な邸宅やらそこら中にある。だから普段の生活の中でちょっとそこらで適当に撮ったとしても、もうそのまま見栄えのする写真になるなぁと。日本だとわざわざヨーロッパ的な場所を探して撮ったりするじゃない。

TOKIMARU TANAKA – 全てが演出になってしまう感じですよね。ロケ地でもスタイルでも”真似る”ことが日本のファッション写真のアイデンティティだとしたら、それはすごくカッコ悪いことだと思うんですけど。雑誌のエディトリアルでも海外の旬なフォトグラファーを真似て、そのままやりますよね。完コピというか。逆にそれしかやっていないから、海外の人には結構特殊に映っていると思います。
WATARU YONEDA – 川久保さんやヨウジさんのすごいところは、西洋文化に対して、伝統的なファッションのルールやタブーみたいなものをあえて侵しながら、その考え方だったり、新しい世界観を作品を通して提示したことだよね。本場がびっくりしちゃった。そういうのは素晴らしいことだと思うんだけどね。

©WATARU YONEDA
©WATARU YONEDA

TOKIMARU TANAKA – タブーを侵すで思い出したんですが、この前面白いことがあって。鈴木親さんは、唯一ファッションのルールに則りながら、あえてタブーを侵すことのできる写真家だと思うのですが。その親さんの写真を、そのままWWDで若手の人が完コピしているのを見つけて。最初本当に親さんだと思ったんです。親さんのシグネチャーと言える要素が全部入りで、服もトーガなんですよ。もう喧嘩売ってるのかってくらいに。これはと思いリツイートしたら、親さん本人がリツイートしてくれて。そして安藤サクラさんまでいいねしてくれて。蛇足ですが、その日は僕の誕生日だったんですけど、何かものすごく嬉しかったですね。笑
WATARU YONEDA – それはすごいね!

TOKIMARU TANAKA – 見る人が見ればわかるから、業界の人も、本当はもうパクリに対して飽き飽きしているとは思うんですよ。それでも誰も何も言わない。だから海外の写真をそのままインストールすることが延々と行われてる。今はウェブをソースに、一般の写真に対するリテラシーも自然と上がってきているから、いけるものといけないものの判別がつきやすくなっていると思います。そういう流れで日本の写真を考えた時に、森山さんや荒木さんが出てきます。ファッション写真ではなく、芸術写真を撮っている人が、外からは日本の写真家だとみられていて、結果、ファッション写真を撮ることになっている。それも桁違いなスケールのキャンペーンなどで。
WATARU YONEDA – 国単位で写真を考えることがもう終わっているのかもしれないね。個人で在るというか。僕がロンドンに住んでた時も、特に日本人とか意識されないわけよ。もうただの個人。日本だと、日本人、欧米人、韓国人、中国人とかってまだまだ分けて捉えられるじゃない。今は国や民族単位ではなく、もっとパーソナルで複雑なわけ。

TOKIMARU TANAKA – ファッション写真という言葉同様、カテゴライズするということが意味をなさなくなっていますね。
WATARU YONEDA – これで例えば、日本のファッション写真はどうあるべきかなんて考えだすと、日本っぽいものを出そうとかいうことになる。でもそれは違うと思うわけ。個人として、和の文化に親しんできて、大好きならばそれを表現すればいい。でも欧米に勝てないからといって、日本らしさをエフェクトとして取り入れるのは、全く自然じゃないし、安直だからやめたほうがいい。

TOKIMARU TANAKA – 確かに、やりがちですよね。日本って何か、というものを写真に入れようとする。
WATARU YONEDA – 多くの人は欧米的資質も必ず持ってるわけ。日本的資質もあって、アジア的資質だって持っているはずで。大事なのは自分を見直すことであって、日本人だから欧米に対してってことでウケ狙いのようなアプローチをしちゃうと、却っておかしなことになっちゃう。原宿が好きでずっと通っている人が原宿で撮るのなら自然だけど、東京らしさを出すために原宿で、漢字の看板とかの前で撮っとこうよというのは表面的で安直な気がする。そういうことじゃなさそうじゃない。どうやら。

TOKIMARU TANAKA – どうやら、そうですね。
WATARU YONEDA – 問題意識を持っている人でも、日本対欧米みたいな、二項対立で考えちゃう。だからおかしなことになるんだと思う。そういうのでなく、そもそも何が撮りたいのか。自分自身について立ち向かわないと。その中で撮っていくものがその人らしさだと思うよ。もちろんファッションならファッション勉強した上で。

TOKIMARU TANAKA – 勉強した上で、というのが大事なんですね。
WATARU YONEDA – ルールは知っておいた上でね。同時に、もう一度自分に立ち戻る必要があるんだと思う。ラグジュアリーなファッションという観点で見れば、確かにヨーロッパのお金持ちと、東京に住む一般人の間には、大きな差異がある。ただ、逆にこちらがアドバンテージを得ている部分はあると思うの。それは東京のミックス感だったり、アニメなどのオタクカルチャーだったり、何かハチャメチャでクレージーな感じどか日本にしか無い面白いものもいっぱいあるし、その日本的な感覚は特有なものじゃないかな。

©WATARU YONEDA
©WATARU YONEDA

TOKIMARU TANAKA – そう言われると、海外から認知されている写真家って、狙ってファッションを撮らない人ばかりですね。鈴木親さんはファッションの文脈にいるけれど、荒木さんや森山さんやホンマさんに川内さん、根本はファッション写真じゃない。だけど日本の写真家としてキャストされ、結果、ファッション写真を撮っている。
WATARU YONEDA – そうだね。分かりやすいエキゾチズムとしての建築物や着物など、伝統日本文化という目に見えるアイコン的なものではなくて、「日本的感覚」というのは絶対にあると思うのね。

TOKIMARU TANAKA – 別に荒木さんも日本というわけでなく、女・花が好きで。演出的なところはありますけど、写真好きですよね。
WATARU YONEDA – 日本のみならず、普遍的な被写体だしね。荒木さんは本当に女が好きだから、ああなると思うの。だからそれを表面だけ真似てやっても、かなうわけがないのよ。

TOKIMARU TANAKA – 好きだからこそ、自然とやれているんですね。
WATARU YONEDA – ニックはバラが好きで、自分の庭で育てていて、咲いたら摘んで撮っている。とても自然だよね。でもそれは日常的な自分の生活の範囲内でやれということじゃないよ。表面的なスタイルを真似たり、変に何かを意識したりせずに、自分を見つめ、自分が本当に好きなものだったり、表現したいものを自分らしく作品にすればいいんだと思います。

TOKIMARU TANAKA – ヨウジさんがあるインタビューで話していて印象的だったのが、かっこいいもの作るし、女性像への憧憬からインスピレーションを得ると。でもやはり究極的にかっこいい服というのは、日常生活のために着る服だと。例えばジプシーのような、生活のすべてを着込んで生きているのは、一番かっこいいと。写真にもそいうところがあるのかなと思いましたね。自然に生み出されたものが、一番良く見えるというような。
WATARU YONEDA – また、逆に他国の人が日本人の文化を使って作った作品に、結構ダサいというか違和感を感じる時あるじゃない。

TOKIMARU TANAKA – 漢字Tシャツみたいなことですか。
WATARU YONEDA – そう。こちらからするとダサいなとか、勘違いしてるなと思うことあるじゃん。漢字Tの場合はそのズレが面白さを生んでたりしてるけど。同じことが日本人のやる、西洋ものにもあると思うんだよね。何これ?ダサいみたいに思われてたりするんだろうね。一方で、海外の人が日本の文化を使って、面白い風に解釈しているのには、新たな発見というか、気づきがあるのも確かだよね。日本では当たり前すぎて気づかなかったものに、焦点が当たるというか。真似ではなくて、こういうことを逆に日本人がやったっていいわけで、これは外の世界の人にしか出来ないことだから面白いと思うけどね。

TOKIMARU TANAKA – 再解釈ですね。
WATARU YONEDA – 外国に憧れていた僕らの世代は試行錯誤のうちで、ダサい勘違いとかきっとしちゃってたんだろうけど、今の10代とか若い世代はまた違った感覚だと思うよ。そもそも欧米への憧れやコンプレックスも余りないみたいだし。次の段階が来ているなと感じる。

©Tokimaru Tanaka
©Tokimaru Tanaka

TOKIMARU TANAKA – この前面白かったのが、テスティノがミランダカーに着物を着せて、日本をテーマにしたエディトリアルを撮っていたんですけど、着物の帯の着方を間違えていたんですよ。そのままヴォーグか何かで掲載されたんです。あとで発覚して、少し問題になっていました。ミランダが着物を着ている時点で、漢字Tシャツ的な違和感は十分にあるんですけど。これも一つのルールの問題ですね。着物のルールを知らずに、事故が起こった。
WATARU YONEDA – それはわかりやすい例だね。

TOKIMARU TANAKA – そうですね。日本が西洋のルールを知らないように、欧米圏の人も日本のルールはわからない。世界のテスティノさえそういうことが起こる。安心するところじゃないんですけど、なんかほっとします。笑
WATARU YONEDA – その帯を意図的にやっていて、結果、何か新しく面白いものが生まれたならいいけれど、ただ知らないでやっちまいましたはダメなんだよね。ファッションを扱うのであればルールは知っていようと。テスティノチームにも同じことが言えるよね笑

TOKIMARU TANAKA – 作り手も、読み手も両方がルールをわからないから、日本の業界が今まで持ってきたという気がしますね。
WATARU YONEDA – それはフォトグラファーだけでなく、スタイリストやヘアメイク、制作全般に言えることかもしれないね。ルールは知らなきゃいけない。

TOKIMARU TANAKA – 捻れた関係ですね。誰も知らなくて何とかなるという。欧米のルールに対する感覚はもっと厳しいですよね。
WATARU YONEDA – 中国や韓国のことをパクリ文化だと馬鹿にすることもあるけど、日本だってそもそもそうだからね。日本流にアップデートしてそのやり方がうまいと捉えられることもあるけれど。DJ的というか。

TOKIMARU TANAKA – 海外だと一発でアウトですよね。ティムウォーカーやライアンマッギンレーの真似したら、怒られるし、写真は絶対に採用されない。そういうのを日本では普通にやっちゃう。
WATARU YONEDA – 撮る人の意識の問題じゃないかな。クライアントよりも撮る側の責任が大きいと思うよ。クライアントが真似るよう言っても、拒否しなきゃいけないでしょう。

TOKIMARU TANAKA – でも、そこで意見できるフォトグラファーは少ないんでしょうね。
WATARU YONEDA – 実際の所、そもそもそういうオーダーやオリジナリティーといったことに対して無頓着な人もいれば、平気で真似する確信犯的な人もいるだろうし、生きるためにやっているから、そこは撮るしかなかったと言う人もいるでしょう。でも、いくらクライアントに言われたと言ったからって、パクリはまずいよね。誰でも誰かの影響を受けているし、同時代性というのもあるだろうから、似てしまうことはあるだろうし、その判断は難しい問題ではあるけれどね。

TOKIMARU TANAKA – そこを守れるか守れないかというのは、表現者として大事なところですよね。
WATARU YONEDA – 世界でやっていくつもりなら、無理だよ。でも日本では食っていけるんじゃない。いわゆる、安旨でそれっぽい写真をサクッと撮ってくれて、喜ぶクライアントも多いだろうしね。儲かるんじゃない、ある程度は。本当にそれでいいのかという話だけども。

©Tokimaru Tanaka

<ラーメン屋に到着>

TOKIMARU TANAKA – 米田さん、今日はありがとうございました。
WATARU YONEDA – ありがとうございました。やっぱりラーメン屋は落ち着くね(店内ではサザンオールスターズが流れる)僕はもともとこういう感じの人間だから、ロンドンではハロッズに行ったり、パーティーなんかにも呼ばれたら行くようにして、人の服装や振る舞いを観察したりとかしてました。なるべく多くの本物のラグジュアリーを見ておこうかなと思って。触れたことで、今までより少しでもナチュラルにそういう世界観を表現出来るようになったらいいなと。自分の血となり肉となったものは使っていいわけだからさ。

TOKIMARU TANAKA – 何事も経験するということが大事なんですかね。普通すぎる言い方ですが笑
WATARU YONEDA – 好きなものは大事にした方がいいよ。

TOKIMARU TANAKA – 最近ラーメン食べてるんですか。
WATARU YONEDA – 最近食べてなかった。特にこういう系は。でもたまに反動で食べたくなる。ふり切りたくなるというかね。

「はいお待ち」

TOKIMARU TANAKA – 美味しそうですね。
WATARU YONEDA – いいねぇ。

TOKIMARU TANAKA – いただきます。
WATARU YONEDA – いただきます。