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Essay

写真家との再会、渋谷のアラート

Shibuya, Tokyo July 2020, LeicaM10-D + Summicron35mm ASPH.
Shibuya, Tokyo July 2020, LeicaM10-D + Summicron35mm ASPH.

街に随分人の気配が戻ってきた。笑い声にグラスの重なる音、店員の元気なコール、土曜日の喧騒に夏の夕暮れを感じる。水着とビーサンで渋谷に繰り出せば、太鼓の音、盆踊り、花火に夏祭りがもうすぐに始まりそうだ。

昨夜は久々に写真家の友人と再会した。何年越しかも覚えてないくらい月日が流れていたようだが、会ってみると元気な顔がそこにあって、それほど時間の経過を感じなかった。互いの状況を共有して、似たような経験を異なる場所で体験していたり。微かだけども確かな連帯のようなもの。同種類の人間であることを再確認することとなった。

二軒目でまた別の友人たちと合流し、夜が深まる前に酔いはまわり渋谷のアラートが点灯し始めた。それから他に誰も客のいない貸し切り状態のバーで、ウイスキーのソーダ割りを飲んで、四軒目に円山町のいつものスナックにたどり着いた頃には、アラートの点滅すら誰も目視で確認できないくらいになっていた。きっとそこはスナックではなく動物園か遊園地だったのかもしれない。

どのタイミングだったかわからないがこのようなフレーズを言ったことを覚えている。
「僕は街なかで人を撮る術を心得ている」
どういう文脈で放った言葉なのかは不確かだが、誰かにストリートフォトのことを尋ねられたのだろう。あるいは、歩いて家への帰り道、ひとりでに発した独り言だったのかもしれない。まるでカルティブレッソンの言葉のようだと思った。

シラフで今考えてみると、よくそんなこと言えたなと思う。人を撮る術など未だに体得できていない。体得できていないから日々こうして撮り続けているのだ。

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