写真を仕事にしておきながら

写真を仕事にしておきながら、こういうのは何だけど、写真のために何処かへ行きたくはないと思う。

仕事だと、いろんな場所へ行けるのは確かに楽しい。ヨーガンが言うように、僕はこの10年間、写真によって様々な場所へ連れ出され様々な経験をさせて頂いたと思っている。これは誇張でもなければ、謙遜でもない。そしてヨーガンと肩を並べているわけでもない。ただ写真を仕事としてやってきた一人の人間として直に感じたことだ。もちろんそれは写真を取り巻く環境であったり、クライアントであったり、ディレクターであったりもするのだけれど、卵が先か鶏が先か、カメラが先か被写体が先か、大きく写真のおかげだと言って差し支えないと思う。

ただ、撮影のためにパリに行くとか、撮影のために知床に行くとか、そういうのはスタイル的に違うなと思う。(それはプロフィールに「被写体募集」と書いている人が、僕と異なる種類の撮影者であるのと同じように。あるいは何処に向かうべきか誰も知らない”作品撮り”をし続けている初学者のように。)

僕は海老ワンタン麺を食べるために香港へ行きたいし、サクレクールの丘の上で屋台のシャンパンを買って年明けの乾杯をするためにパリへ行きたい。いつでもそう思っている。

そしてできればそのような瞬間にカメラがあって、ちょっと写真でも撮れたならと思う。

いつだってフォトグラファーになりたいし、カメラマンでいたいし、写真家を目指したい。なのにこの矛盾はどこからやってくるのだろう。いつも大体、冒険の最中にはカメラなんて無くても良いかと思ってしまい、冒険の果てにはカメラがあり写真が撮れてよかったと思う。旅の無事に感謝し、一人の撮影者であったことに誇りを抱く。たとえその写真が誰の目にも触れなかったとしても。

結局、僕はそのあたりをふらふらしていたいんだ。ゆらゆらと漂っていることが性に合っているような気がする。

島のアトリエに腰を据えてしっかりと絵に向かい合っていた父がこんな文章を読むと激怒するんだろうな。

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