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Essay Minimalism

家で米を炊くことの難しさについて

 

一人暮らしのアラサー男子にとって、家で米を炊くというのは難しい。それは一人暮らしであればある程に、あるいは、アラサーであればある程に難しい。だから一人暮らしかつアラサーとなると、家で米を炊くことはもう不可能ではないかと思えてくる。

いや、アラサーでなくても、アラフォーでも難しいよという声もちらほら聞こえてはくる。でも僕はそれについて何も言えない。今32歳、絶賛アラサー中であるからだ。

なぜ難しいのだろうか。

まず、分量が難しい。三合炊きのコンパクトな炊飯器でも、炊けばほら米は必ず余る。

次に、タイミングが難しい。炊いてもたいてい、飲みや食事の誘いが滑り込みで入り、飲み会が終わって家に帰ると”保温中”の炊飯器だけが暖かく迎えてくれることになる。それらをタッパーに詰めて、冷凍する、その作業だけで人生が終わるのではないかと思えてくる。正直、結婚のタイミングよりも米を炊くタイミングに悩んでるアラサー男子はこの世に多いと思う。

たとえ炊けたとしても、おつまみとお酒でお腹がいっぱいになり、米までたどり着けないという事態に陥ることもしばしばである。なんたって、炊いている本人は至って悪気のないただの一人暮らしのアラサー男子なのだ。おつまみも作りたいし、お酒も楽しみたい、そして人生も楽しみたいと心から思っている。そんな時既に、心に米という二文字は無い。そしてまたラップして、冷凍して、と、結局永遠のループなのである。

そんな米を炊くことが困難な一人暮らしのアラサー男子に、とっておきの炊飯器を見つけた。

コイズミのライスクッカーだ。0.5~1.5合炊きという、フルで炊いてもお茶碗二膳分の、正に一人暮らしのアラサー男子のための炊飯器。あるいは女子でも良い。

リーズナブルでコンパクト、場所もとらずミニマリストには嬉しい限りである。試しに買って使っているが、全く問題ない。白米であれば20分で炊けるスピード感も嬉しい。これはクリティカルな炊飯器界のメシア[飯ア](救世主)である。

 

しかし、いくら道具が良くたって、そう、やはり、米を炊くのは難しい。