千葉県白井市のサイゼリア

写真は言葉を滞留させ、思考を切断する。イメージが氾濫する今の世界で僕たちは言葉を失ってしまった。おそらくその反動としてこの日記がある。本来写真は言葉を生むものだったはずだ。一つの写真が過去を呼び起こし、いわゆるネタとなって人と人とを言葉で繋げていく。メディアや広告における写真の欲望喚起装置的使用によって、イメージの持つ切断性は強化された。インターネットはさらにそれを加速させた。文字を打つよりも写真を貼る方が少ない工数で処理できるので、人は楽な方を選びコミュニケーションの速度を変えた。メッセージアプリで、今どこどこで誰と何をしているよと文章で書くよりも写真を撮って送る方が遥かに早い。その時、写真は記号として働く。含まれる情報と質量が違うように思えて、本質的には絵文字やLINEスタンプのようなものと何ら変わりはない。そこでは言葉の滞留と思考の停止が同時に起きている。

引き続き千葉県白井市にいる。朝食か昼食かわからない半端な時間に、どこのカフェも空いていなくてサイゼリアに入った。友達に運転を任せて自分だけビールを注文する。まわりの席には、本を読んでいる人、ゲームをしている人、老人夫婦、6人の子供を連れた家族などがいる。ソロでいる人はほとんどワインをデキャンタかボトルを頼んでいて自分の世界に没頭している。老人夫婦は既にいい気分になっていておじいさんの方が歌を歌っていた。店内のBGMよりも目立っていて思わず笑ってしまい、これが千葉かと思った。ビールの後に見えないルールに倣いワインもきちんと頼んだ。食事は、ほうれん草のソテー、小エビのサラダ、ラムの串焼き、辛味チキン、アサリのボンゴレ、スパゲッティアラビアータ。デザートにコーヒーゼリーとプリンとティラミスクラシコまで頼んだ。明らかに食べ過ぎだ。メニューの大部分は食材をイタリアから直送しているらしい。ファミレスの中ではガスト等より遥かに満足度が高い。特に酒飲みにとっては。2件くらい飲み屋を梯子した後に、最後はサイゼリアでペペロンチーノとワインで締める「サイゼ締め」を一時期渋谷のサイゼリアでよくやっていたのを思い出した。あの時の友人たちは今どこで何をしているのだろうか。

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