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Essay

カナブンと添い寝するわけにはいかない

先日、洗濯物をたたもうとしていたら、シャツにカナブンがいました。

とりこんだ後、しばらく適当にベッドの上に投げたままだったので、カナブンは結構長い時間そこにいたようです。

生きているのか、死んでいるのかわかりませんでしたが、微かに動いているようにみえました。

僕はシャツを手にしたまま、しばらく立ち止まり、観察し、そしてこいつをどうしようか考えながら数分動けませんでした。

何度か洗濯物にカナブン、あるいはカナブンのようなものが付いていた経験があるのですが、その時のことを思い出し、ベランダから外に放つという方法を選択しました。

シャツを何回か振ってみましたが、昆虫ならではの特殊な鍵のある足でしっかりとシャツを掴んだカナブンは、一行に離れません。

最終的にはその辺にあった木の棒のようなもので外すことに成功しました。

羽を出して飛び立ったのか、それともそのまま地上に落下して行ったのか、暗くてよく見えませんでした。

とにかく、カナブンは夜の空の彼方に消えていきました。

この話しに教訓があるとすれば、「洗濯物を取り込む際は、何か付いていないか確認すべき」

あるいは、「どんなに綺麗なものでも、何かカナブンみたいなものが付くと、家の中に入れることはできない」

また「世界は自分中心に動いているのではなく、他者の存在があって己が存在し、廻っている」

どれもしっくり来る気配がありません。

そして僕が思ったのは、「どんな話しにも、必ずしも教訓は必要ではない」ということでした。

そうでなければ、世界の多くの夫婦やクラスメートは物語を語れなくなってしまうから。

 

危うくカナブンと添い寝するところだった、という話し。

つやつやして緑色で、少し羽の出た、カナブン。

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