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Essay

渋谷をひとつの大きなビーチだと捉えているので

 

常丸です。

最近フォーマルな場所に出かける時以外は、平日も休日もサンダルで過ごしています。僕がサンダルを履くのはバリ島にいる時くらいで、これまで日本では夏でも履きませんし、持ってすらいませんでした。

4月の終わりのある晴れた日に、とあるイベントでスタイリストの伊賀大介さんに遭遇した際、彼の格好が昭和シャツに緩いパンツそしてビーサンでした。4月にビーサンを履くというのは「えっ、ちょっと早くね?」と突っ込まれそうですが、温かい気候と太陽が、それを許せてとても旬に見えたのです。こういう”季節外しのきらめくスタイリング”をさらっと自ら出来てしまうのは、さすが伊賀さん。スタイリストのプロフェッショナルを肌で感じた瞬間でもありました。

格好いい大人に影響を受けやすい僕は、すぐに自宅近くの商店街のイケてるとは言い難い靴屋で、なるべく普遍的なサンダルを購入しました。三軒程店を回り、ようやくサンダルを売っている店を見つけました。今サンダルってなかなか売っていないんですね。気になって店主に聞いたら「100円ショップがサンダルやるようになったから、靴屋で売れなくなったし、利益も出なくなったんだよね」とおっしゃっていました。余計なものは沢山溢れている世界なのに、さらっと買いたい時に限って無いものって結構多くなった気がします。

それ以来サンダルをここぞとばかりに履いているわけです。最近はバリにも行けていないのですが(3年前が最後かな)、もうすごくクタビーチ付近をジャランジャランしている気分になれてとても心地よいです。渋谷をひとつの大きなビーチだと捉えて、日々生きています。

足元が変わると、精神や態度にも少なからず影響を及ぼすことになると感じます。それはファッションでも同じことだと思いますが、サンダルを履くと良くも悪くもとにかく「緩く」なってしまいます。

撮れる写真もいつもより緩い気がするし、相手の警戒心も軽減するのか、ポートレート撮っても緩い感じになります。ピシッとした写真を撮らなきゃいけない現場ではあまり良いことではないかもしれません。

でもこれよく考えたら、僕の好きなヨーガンテラーという写真家が既に実践していることでした。彼はどんなにセレブリティや重役を撮影する時でも、サッカーシャツにランニングショーツ、アシックスのランニングシューズという出で立ちです。レジェンドの地位を確立したヨーガンだからこそできることであり、僕がこれをやってしまってもただの場違い馬鹿野郎にしかなりません。(実際ヨーガンが20代の頃の撮影シーンではごくごく普通の格好をしています。)

何か言われた際には「渋谷をひとつの大きなビーチだと捉えているので」と頭弱いふりして乗り切るしかないですよね。

そういえば今日渋谷のビーチで遭遇した友人のツマさんも、ばっちりサンダルでした。

できる男はみんな季節を先取りしたがるようです。

tsuma-san and nari-san
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