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Essay

だいたい渋谷、怠惰な休日

 

常丸です。

こう言うと変に聞こえるかもしれませんが、最近は怠惰な休日を過ごすことにはまっています。あまりに怠惰すぎて、僕の一生はこのまま渋谷で終わってしまうんじゃないかと錯覚するくらいです。以前は休日の区別など無いような感じで、隙間があれば撮影の仕事やバイトのようなものを入れたりしていました。しかしここ最近、特に何も予定がない日は、予定の無さを予定とするように行動するようになったのです。こういうのって、人生のある季節には起こりうるものなのでしょうか。あるいは未婚のアラサー男子に特有の症状だったりするのでしょうか。何せこんなにも怠惰な季節の到来は、僕にとって始めてのことなので、少し動揺しています。それを整理し、少しでも落ち着かせる為に、この文章を記しています。また、この人生で何百回と聞かれる合コン的フレーズ「休日は何されてるんですか」に対するひとつの解答にもなるかと思います。尋ねられた時には「ブログ読んどいて」の一言で済むわけです。楽ちん。しかし実際にこのブログを読んで僕の休日の過ごし方を知ったなら、本当にどうしようもなく怠惰で面白くないやつという印象を与えてしまうことは間違いないでしょう。

朝起きまして、部屋を100パーセント散らかしたまま、服も着替えるか着替えないままに外へ出ます。顔等はもちろん洗いません。近くのサンマルクカフェまでてくてく歩いて行って、モーニングのセットを食べながら本を読みます。途中で仕事や仕事ではないメッセージをぽんぽん返したりします。ラインで次の撮影の小さな打ち合わせのようなものをやることもあります。文庫本とiPhoneしか持ち物はありませんので、出来ることは限られていますが、これで大体のことはできてしまいます。ヴァージルアブローじゃないですけど、iPhoneが僕のオフィスとなるわけです。この時はサンマルクも僕のオフィスのようなものですが。本読みやメッセージに飽きてきたらツイッターを見たり、他人のブログを読んだりします。インスタグラムは既に飽きているので、というよりスワイプが面倒なので指を下から上にちょん、ちょんと二回程触っておしまいです。その時上に流れてくる人の素敵な写真をいいねします。大体いいねできるのは2、3人です。もうこの時点で怠惰の極みが見えますね。それにも飽きたら、上の絵にあるような両手を頭の後ろに回してポーズをキメてぼけっとします。これを最近は「怠惰のポーズ」と読んでいます。もう人生に何も必要はなく、コレだけでいい感じです。ミニマリストの究極のポーズですね。イラッとされるようなので、人前ではなるべく出さないようにしています。

この時点で既に12時くらいになります。そうするとカフェを出て、となりの”なか卯”で親子丼とうどんを食べたりします。カフェを出たら、横に移動して、すぐにお昼ごはんというわけです。はい食べました。

そしたらまたサンマルクに戻ります。あとは再び上記の繰り返しです。

気付いた頃にはもう5時ごろになっています。本も読み終わり、怠惰のポーズも数回キマっているでしょう。禁止事項である”昼寝”すれすれの瞑想のようなものをスリリングに楽しむこともあります。

その後はサンマルクから30歩程あるいてタナカのオフィシャル酒場「あばらや」で飲み始めます。ホッピーの紫と、春菊のサラダなんかを注文してああもうこの怠惰、だいたい渋谷。なんて小さな声でラッパーのようにつぶやいたりします。誰にも気付かれませんがたまに店員から「ん?」と気付かれることもあります。少しの恥ずかしさはありますが、すぐに雑音にかき消されてしまいます。ここではよく「亀の甲羅から漢方を作っている中国人のともだち」と一緒になることが多いです。そしてその中国人は「ビートルズ好きのサイコパスのともだち」とよく一緒にいるので、三人くらいで亀の甲羅やビートルズの話しをしながら飲んだりします。気づけば12時になって、眠くなり、家に帰って休日終了です。

いかがでしたでしょうか。怠惰以外に言えることがひとつもありませんよね。

半径100メートル以内で生きている。これがミニマルライフの成れの果てなのでしょうか。

物を少なくしていった結果、自分の行動範囲もミニマルになってしまったようです。

そんな怠惰な休日の体験をきっかけに、人間の人生における移動距離は予め総数が定められているのではないか説が、浮上してきました。

例えば一生の移動距離が地球一周分の40000キロと決められており、移動距離がその上限に達してしまうともう何処へも行く気が無くなってしまう、というようなことです。

僕の場合は学生の頃から現在まで、そんなに多くはないけれど海外や国内を旅してきました。更に、以前勤めていた会社が出張の多いところだったので、撮影の為に年間30本ほど国内を北へ南へと駆け回っていました。それを4年ほど続けました。そういうこともあって既に一生分の移動距離の上限に達してしまい、こんなにも渋谷で怠惰なのではないかという仮説です。

ある期間、ひとつの場所にとどまっていると、衝動どこかにエスケープ、そしてまた留まりを繰り返してきました。

しかし今回ばかりは留まりモードが少しばかり長いような気がしています。

ただ単に、怠惰なだけですかね?

shibuya