写真生活の英語版をSubstackで配信開始しました

フォトグラファーの先輩が、最近インスタグラムで過去の写真をアップし続けている。

SNSに写真を(仕事のも個人的なのも)投稿しないタイプの写真家だったので少し驚いていると同時に、ありもしない不吉なことを考えたりもした。ぐるぐる巡って、結局理由という理由は見つからなかった。

長く生きている写真家ほど競争力と、写真そのものの力は高まる。

5年前の街の風景なら、みんなの手元にあるアイフォンに入っている可能性は高いが、20年前に写ルンですやビッグミニで撮られてた渋谷のクラブカルチャーをネガで保存している人は少ない。

もちろん写真が時代を超えて残るには、ただ保存しているだけでなく、保存されるに値する写真を撮っておく必要がある。

1950年代のシカゴの写真をベビーシッターをしながらひたすら撮り続け、死ぬまで現像しなかったヴィヴィアン・マイヤーはとてもわかり易い例だろう。彼女の場合は、ネガの状態も良かったが、圧倒的に写真のクオリティーが高かった。本業写真家ではない視点が、時代を超えて新たな価値を生んだのだ。

そのように考えていくと、現在70、80歳の巨匠たちにはアウトプットの宝の山を持っていると思うのだ。彼らがすごいのはアウトプットだけに注力するのではなく、今でも街で、生活の中で、時には仕事として、写真を撮り続けていることである。

個人的には、長年、インスタグラムは写真をアーカイヴするには値しないサービスだと考えてきた。あくまで時流的なプラットフォームで、いずれみんな飽きて、忘れ去られるだろうと。

しかし最近、テクノロジーの進化速度、その周辺企業の資産価値とコンバージェンスを考えると、なんらかのかたちで半永久性を獲得するかもしれないと思えてきている。

さて、朝からそのようなことをぼんやり考えていて、緊急事態宣言も三度目の発動が決まり、酒の提供もなし、20時消灯、路上飲みも禁止とだいぶおかしなことになってきた。

速報続きのニュースにうんざりしながらも、移動もしづらい酒も飲めない中で、できることと言えば読むことと書くことくらいである。(フォトグラファーにとっては読み書きは何も文章だけを意味しない。写真を読むこと、セレクトして現像して書き出すことも”読み書き”なのである。)

なので、ノートでメルマガ的に連載している「写真生活」を、英語版でもお送りできるようにしてみた。

英語圏の読者にも、この身勝手でローカルな写真にまつわる小話を楽しんでいただけたら、これ以上嬉しいことはない。

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