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Essay

夏の散文

 

盆踊りの音が聞こえた。

近くで、隅田川の花火大会に合わせるように夏祭りが行われているようだ。

この10年間で東京のあらゆる所に住んできて、あらゆる地域の祭りを観てきたが、一度たりと参加した記憶が無い。もちろんぶらぶらと街を歩きながら、露店でビールなんかを買ってそういう気分を楽しんではきたのだけれど、いつだって観光客のままだったし、それは今でも変わらない。そしてこの先もずっと変わらないのだろうと思う。

この渋谷の片隅の夏祭りは、他に比べて僕のような”観光客”が多いように思える。他の県で生まれ育ち、東京で仕事をして、結婚し、この場所で子育てをして、子供と夏祭りに参加している人も多いのだろう。もちろんこの場所に代々住んでいる生粋の渋谷っ子たちだって混ざっている。しかしそのような人々でさえ、この街では誰もが何かの役割を演じているようにも見える。劇団渋谷、あるいは劇団東京と言ってもよいかもしれない。仕事関係、会社の仲間、隣の席や島の人、家族、恋人、通行く人をじっと見渡してみると良い。ここでは誰もがフィナーレなき舞台、永遠のロングラン公演を演じ続ける、劇団東京の一員なのだ。

気づけば7月が終わろうとしている。暑すぎる季節の中、僕の前を多くの人が訪れて、多くの人が去っていった。別れの季節はなにも3月だけじゃない。出会ったときが最後だと思えは、田舎に暮らす母の口癖だ。そしてその台詞だけは、間違いないなと毎回思える。多くの誤解、言葉の乖離、意識の崩壊、小さすぎる声量、大きすぎる影響。思ったようには伝わらないのが言葉だ。思ったように伝えようとしないのは写真だ。別れと同じくらい、出会いもあった。そしてもちろん変わらない関係もある。

だがそういうものも全て、流動し、胎動している。毎日顔を合わせる人でも、日々進化したり退化したりして、確実に老いている。人の意識や心ほど移ろいやすく、流れ行くものはない。ほら自分だって、次にあれしようと思っているうちに、他のこと思いついたりして、さっきまでのこともう忘れている。そして鏡に写る顔は左右反転していて他人が見ている自分ではない。ある写真家が言った。セルフ・ポートレートは毎日鏡で見る顔と異なる自分を写す鏡を見てしまった時に始まる。

フジロックには行けなかったけど、色んな場所へ行けた。よく撮影した月でもあった。逗子にいったり、熱海にいったり、青山のスタジオだったり、丸の内のオフィスだったり、家の近所の道路だったりした。ありがたいことに、もうしばらく撮影ラッシュが続きそうだ。人気のあるウエディングフォトグラファーは1000万を稼ぐ。一年で土日祝日は130日ほどあるから、一日10万の婚礼撮影を全て入れれば1300万くらいで、平日も仕事をすれば2000万近くにはなる。年収の問題ではない。SNS時代のフォトグラファーにとって年収なんて単に掛け算の問題だ。同じ撮影ばかりだと飽きてしまうフォトグラファーは、単に金額と単価と数だけで考えることができなくなってしまう。しまいには、フォトグラフすることに飽きてしまって、フォトグラフィーしようと考えてしまうことになる。撮影を、写真という領域に少しだけ広げるのだ。(あるいは自然に仕事領域的に広げざるを得ない時代なのかもしれない)カルティエブレッソンのように、最後にはフォトグラフィーすら辞めて絵を書いた写真家だっている。

エアコンのあまり効いていない部屋で目を閉じると、吉祥寺の地下の部屋を思い出す。夏のセミの声も、分厚いコンクリートと草むらに囲まれて小さくディフーズされて聞こえた。湿気と光と影と。ハービー・ハンコックのピアノの音色と。ひたすらモノクロをプリントしていたあの頃。現像液のぬるっとした感触と、酢酸と汗の匂い。プリントもカメラも地下の湿気にやられてしまっていた季節。地震が起きて、家に住むという感覚は失われこそしなかったものの、軽い風船のようになってしまった。それは僕だけでなく僕たちの中で。だからいつまでも流動的に点々と、腰を据えて取り組んでいるように見えて、全てがどこかふわふわと浮いている。

そこではもう盆踊りの音は聞こえない。

そのかわり、誰かが踊る音が聞こえる。

近くで、キング・クリムゾンの激しい音響で動く肉体と精神が、現代的な形式に乗って昇華されているようだ。

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