11台撮りくらべ!カメラによる夏の描写の違いは?

カメラによって、夏の描かれ方は変わるのか。

自分で思いついておきながら、数秒後に、愚問だなと思いました。

まず、同ポジ、同時間での比較実験によってしか、この問いは証明できない。

それを実証するには、短い夏では不可能だ。

というか、夏がいつからいつまでなのかもわからない。

次に、カメラが違えばそれは描写は変わってくるけれど、それ以上に写真は撮る人によって変わるから夏の過ごし方が写真に及ぼす影響のほうが遥かに大きい。

でも、とりあえず思いついたからには、アドビ先生の門をひとまず叩いてみるかということで、自らのアーカイブに「summer」で検索をかけた。

AIが識別し自動タグ付けされたsummerが出てくる。

さらに、カメラごとに追加検索して、出てきたものを下記に並べてみることにする。

実験というより、過去のつまらない夏を振り返っただけの自己レビューになってしまった。自分でボケて自分で突っ込むという、関西人がよくやるみたいに。

あるいは、カメラメーカーから絶対にOKの出ない完成度の低い”作例”か。笑

それでは参ります。

SIGMA DP1 Merrill

じっとり湿度が高そうで、精度の高いメリルらしい描写。しかし、これは夏だったかな。AIは草原に木=夏と判断したのだろうか。28mmが風景写真には気持ちいい。

 

SIGMA DP2 Merrill

同じくメリル。画角45付近に変わってDP2。こちらは非常にわかりやすいし、季節も合っている。バリのクタビーチでみんな夕日を待っている。デジタルにおいて最も難しいとされる赤の再現も、フォビオンセンサーだと飽和しない。

 

LEICA M10

これはAI的には、プール=夏との判断だと思うが、写真的には驚くほどおもしろくない。山梨かどこかの農村を歩いている途中の、民家の水溜バケツ。用途は不明。カメラの価格が高ければ高いほど、人はつまらない写真を撮ってしまうという好例。ただ、妙な脱力感が夏を感じさせて、個人的にはだんだん気に入りはじめている。ホースとバケツというタイトルで、数年後ポンピドゥー・センターに収蔵されるかもしれない。

 

SIGMA SD Quattro

こちらもシグマのフォビオンセンサーを積んだレンズ交換できるタイプのSDというカメラ。あまりのニッチなセッティングのため、短い期間で販売停止となってしまったやつ。なんとなく、夏の朝の爽やかさを感じさせてくれる。しかしこれが夏だったかは全く思い出せない。白に少しだけブルーが入っている花弁の曖昧な色彩再現と、ピントピークのシャープネスは、さすがシグマと思わせてくれる。

 

Leica Q

逆光気味の光線状態なのに、ディティールを崩さず人物と岩のシャドウを書き分ける様は、実にライカ的。Qは見た目も変わらず、画素数だけが大きくなったQ2という次のモデルが先日発売されたばかり。コンパクトなボディーにフルサイズセンサー、28mmのパナソニック的ズミルックスという設定は旅にもってこいのカメラ。色もM10に近いチューニングになっていて、赤、青、黄色のコダック的表現が、フィルム好きな人たちへもリーチする。動画も同じトーンで撮れるのは強い。来夏(らいか)でまた逢いましょう。

 

FUJIFILM X100S

インスタグラム的デザイン写真に見えて、個人的には嫌いだ。よくこんなの撮ったなと、当時の自分を罵りたい。どこの冒険の途中だろうか。おそらく栃木あたりの湖のほとりで、被写体を待っているか、ロケハン中か。x100s時代だから、結構昔の夏かもしれない。フジの癖のないプレーンな写りは、この頃から垣間見える。APS-Cだけど35mmで、マクロも撮れてフィールドでは使い勝手の良いカメラだった。そろそろフルサイズのx100系、でないかな。

 

CANON 5DM2

おなじみ5Dm2。長崎の家の近くの草原。グルスキーが撮るような、実に面白くない写真だ。そういうとグルスキーに怒られる。前がボケていて、開放気味というところはグルスキーとは対極にあり、クオリティも表現力も全く担保できていない。最近、他人が撮影した5D系の写真をたまたま編集する機会があったのだけど、やはり同じようなトーンをしていた。普及による普及で、不朽の名作ではあるが、使用者が多く重いキャノンを持ち歩く気はもう起きず、完全なお仕事カメラとなってしまっている。雲の感じがどことなく牧歌的だ。レンズはシグマ50mm。

 

GR3

フルサイズじゃない方の、リコーGR。今見ると、ハイライトの厳しさに過去の時代が垣間見えるが、そのシャバさが逆に夏を感じさせる。強い日差し、止まない太陽。急いでいたのか、なんてことのない道端の花が、若干ピントもゆるく、本当になんてことのない道端の花に。

 

iPhone 8

元気。小学生に夏休みの絵日記を書かせたなら、こんな発色になるだろうというような、アイフォン写真。しかし侮れない、時代は8。一昔前のキャノンやニコンのカメラです、と言ったら遜色ないような写りに思える。(D300時代とか)
場所は九州のどこかの山。

 

CANON 6D

アドビAIが弾き出した中で、人物は少なかったがその中の一枚。頭の部分をスイカとでも思ったのだろうか。モデルは「みほとけ」という、現在上がりっぱなしの仏系お笑いアイドル。仏クリエイターとして、ユーチューブやインスタやライブ、イベントとその活動の広さは留まることを知らない。ご存じない方はチェック必須だ。ズラの部分に前髪を隠せていない、僕の指示ミスによる写真の不完全さが、諸行無常の観念に昇華されていくかのようだ。

 

FUJIFILM X100F

この世に、一体何を撮りたかったのだろうという写真コンテストがあるとすれば、まさにグランプリを狙える写真だ。自分でも何を主題においたのか、木なのか、森の密度なのか、均一な光なのか。全く思い出せない。しかし、撮影したのは夏だったような気もする。こういうのをよく撮る。暑さにやられ、頭がおかしくなっていた時期なのかもしれない。それもこんなにわけのわからないものを、x100fというコンパクト、高精度センサー、ハイブリッドビューなスナップカメラで。

 

以上、カメラによる夏の描写の違いを見てきたが、結論のようなものを見出すことはできなかった。

同じペットボトルを撮影しても、撮る人の数だけ異なった写真ができるように、カメラに関係なく人の数だけ夏の写真があるのだと思う。

 

森山大道さんが言っている。

「あるものと出会った瞬間、自分の気持の奥の奥に潜んでいるものが、ある日ポッと出てくるという感じなんだよ。スナップっていうのはね」

なにかに反応して、押したものは、どんなにつまらないものでも何かしらの個人の記憶や体験や性質を表してしまう。それは写真の面白さのひとつだろう。写真のフロイト的用法。そしてアドビAIとそれらをかけ合わせることで、今回のようなひとつのキーワードやテーマに沿ったかたちで、撮影後のセレクトで遊ぶことができる。他の人のデータベースで行えば、全く異なった”夏”が浮かび上がってくるはずだ。

アドビ先生を使っている人はぜひ試してみてほしい。

個々人のデータベースに蓄積された写真/映像から、終焉間際の「走馬灯」も、もしかすると操作できる世界がその先にはあるかもしれない。

ただ今回の写真が、最後の最後の映像だとしたら、それはそれでちょっと嫌だけれど。笑

 

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