甘いピーナッツをビンタンビールで流し込んでいた

 
 NYより一時帰国中の友人と、亀戸でホルモンを食べた。そこは人気店で、予約も難しく平日でも並ばなければならないとの前情報だったが、その通り既に3組ほどの先客があり、その列に加わった。タイミングが良かったのか、その後すぐに入ることができた。
 シマチョウ・マルチョウ・タン・ギアラ、ナンコツ・ロースにミノおっぱい。どれも絶品だった。米国ではこれほど鮮度の高い、いわゆる日本式のホルモンは食べれないということで、彼は終始嬉しそうであった。我々の難解な注文にも、真摯に答えてくれる店員も印象的だった。きっと彼女も心からホルモンが好きなのだろう。
 久々に再開した友人は、少し逞しくなったように見えた。三年ぶりくらいだったが、NYでの生活に疲れている様子もなく、彼なりにそこで生きている様が伝わってきた。たいした話はしていないのだが、会話を取り巻く空気や”間”のようなものが、瞬時に過去の記憶と結びつき、安堵感ともいえる心地よさへと変わる。
 学部時代は、無茶苦茶やった。幾つかの土地へ旅行したこともあった。このようにしてテーブルに向かい合ってホルモンをつついている様は、インドネシアの島でテーブルを挟み、甘いピーナッツをビンタンビールで流し込んでいた10年前の風景と何ら変わらない。バックパックな装いや、日焼けの黒さも、現地人と間違われていたあの頃と、少し近いものがあるかもしれない。郷愁と笑いがこみ上げてくる。
 きっと10代後半から20代にかけてというのは、誰の人生においても少し特殊な時期なのだろう。その後、惑星のように近くなったり離れたりしながらも、それぞれを取り巻く人間関係の星々が、一つの銀河となってお互いの人生にどうしようもなく干渉してゆく。そして今があるということを考えると、彼との最初の出会いは、まさにその原点だと言えるかもしれない。再会しても当時の感覚そのままという意味では、この亀戸のホルモンに負けないくらいに、確かな鮮度をもっている。そんな関係性がただ嬉しい。

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