沼津、旅の終わりと旅の始まり

Gotenba, Japan July 2020
Gotenba, Japan July 2020

スナップ写真は日々撮影するので、年次ごとのフォルダで管理している。それが旅だったり、個人的なアサインメントの仕事だったりすると、それ用のフォルダと階層を作り、スナップの中から部分的に選択して放り込んでいる。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

つまり僕にとって写真はそれが仕事か遊びかはさておいて、まず全てがスナップであるという前提がある。スタジオでキャプチャーワンのテザリングにおいて行う撮影仕事だけは例外で、最初からキャプチャーワンのフォルダの元、仕事写真として遂行される。(その写真群はスナップフォルダに入ることは無い)

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

スナップ写真が前提で、そこからプロジェクトとして切り出される。なぜこういうことになってしまったかと言えば、カメラを一台にしてしまったせいだ。一台しかカメラを持っていないが故、自ずと仕事用カメラ、日常用カメラなんて区別が一切なくなってしまった。一台で全てやるということ。それでできない案件はその都度適したカメラをレンタルしている。このようなやり方で仕事をしているフォトグラファーはとても少ない。出会ったことも聞いたこともないので、おそらく僕だけではないかと思っている。ただのバカだと言われれば、僕には返す言葉がない。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

そのような写真整理のやり方をやっている中で、時に境界を見失うことがある。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

全てを2020というフォルダにとりあえず突っ込むわけだが、そこから今回の伊豆半島の旅を抜き出そうと試みる。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

だけど、一体、どこからが旅の始まりで、どこからが旅の終わりなのだろうか?

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

撮影された場所を基準にするのなら、ここは渋谷だ、ここは品川だ、よしここで伊豆半島に入っているな。だからここからの写真を今回のプロジェクトとしよう。というやり方ができるかもしれない。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

だけれど、写真を見てみると僕にはその境界がわからない。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

家を出た瞬間から撮っていたりするので、その写真も「沼津フォルダ」に入れようかとも思う。しかしそれは、どこからどう見ても、いつもの近所のただの渋谷なのだ。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

こうなってくると、日常全てが旅だと言えるかもしれない。よくどこかで聞くセリフだ。写真整理において言えば、全てを旅とするのは少々暴力的にすぎるのではないだろうか。というかこの考え方で行くと、写真整理・フォルダ整理が全くできなくなってしまう。撮るだけで編集者に丸投げして、あとはよろしくできる巨匠ならまだしも。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

それでこういう結論に至った。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

日常と旅の境界を定めることが、撮影者の仕事なのだと。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

始まった仕事は終わらせなければならないように、始まった旅もどこかで終わらせなければならない。

Numazu, Shizuoka Japan July 2020
Numazu, Shizuoka Japan July 2020

スナップフォルダから部分的に切り出され、写真の連続性が断たれた時はじめて、それは日常から旅になるのだと思った。

Atami, Shizuoka Japan July 2020
Atami, Shizuoka Japan July 2020

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Atami, Shizuoka Japan July 2020
Atami, Shizuoka Japan July 2020

スナップ写真の読み方

純粋に物事を記録する手段として、スナップ写真はその歴史的地位を築いてきました。

でも単なる記録にするには勿体ない!写真を謎掛けのように解読して”読む”ということも、写真の楽しみ方のひとつだと思います。

それには作者の意図があっても無くても良い。個人的にはそう考えています。

明確な意図をもって作られた写真は、スナップ写真の領域を時に外れてしまうことがあり、そのような写真が現代美術館に所蔵され、歴史的価値を帯びていくことは多々あります。それはスナップではなく、既にセットアップなのです。

呼び名はさておき、作者の意図があっても無くても良いと言いました。つまり、誰かの写真に後付けして、意味深に読むことの楽しさを、ここで僕は推奨したいのです。

そうすると、身の回りにあるあらゆる二次元のビジュアルコンテンツが、観賞価値を帯びてきます。(押し付けがましい広告写真なんて嫌いですよね、だけど)この手法を抑えておくだけで、街中の広告、雑誌、他人のインスタ、あらゆる写真がエンターテイメントとして機能します。

☆広告写真は基本的に誰にでも分かりやすく伝わるように作られているので、そういう意味では面白味に欠けます。
「60歳の母ちゃんや親戚のおじちゃんが撮った写真」の方が写真的に圧倒的に面白いです。

前置きが長くなるので本題に入りましょう。

marlboro
Kuta, Bali 2015 ©tokimaru

バリ島のカフェで、友人のワヤンを撮影した写真です。

ただのおっさんが写っている写真じゃん、と思いましたよね。

よく見てください。

ここには3つの謎が隠されています。

では、答えです。

1、手前にマルボロのパッケージが置かれている。

2、背景の壁が、マルボロと対照的な色配置になっている。

3、バリ島はインドネシアに属する島である。

3ですが、インドネシアの国旗を覚えていますか。

はい、というわけで、マルボロのパッケージ、赤白というカラーが壁へ、そして国へと繋がりました。

更にテーブルにあるのは、僕が飲み終わったフレッシュのマンゴージュースなのですが、微妙に底に残っています。

そして画面右側の壁はマンゴーカラーで、同じ色をしています。

飲み終わる前に撮ればよかった、とここは後で現像した時に気づきました。

このように、写真はただそこに写っているものを見るだけでなく”読む”ことができるのです。絵画には時代によってはそのように意図して作られたものが多いです。美術の先生や、油絵オタクがあの絵はどうこう、解説したがりますよね。

写真でも同じようなことができるのです。

上の写真の状況を噛み砕き、撮り手側の方法論をまとめます

1、画面の中に、リンクするようなレイヤーを作る。
色、かたち、シルエットで構成します。それらを手前と奥に配置することで、奥行きとリンク感が増す。(マルボロと壁、マンゴージュースと壁)

2、画面以外にもレイヤーをつくる。
意味内容、歴史、時代など。(写真の中の色と、撮影された場所:インドネシア)

3、そこに視覚的、構図的品質が加われば更に写真としての面白さが高まります。
(この場合はワヤンがただケータイいじっているだけなので面白味に欠けますね)

簡潔に言うなら、ポイントは3つのレイヤーを入れるということでしょうか。

画面内に二つ、そして画面の外に一つです。

写っているものと、写っていないもの。

そうするとグッと写真が面白くなる、はずです。試して見てください。

意図しすぎて、逆に全然面白くない、という写真も結構好きです。
意図しすぎて、愛しいというやつです笑

それではまた。。

こちらの記事の写真はシグマのカメラで撮影しています。