ブログとプロセスエコノミー

天気が悪いのをいいことに、一日中部屋に籠もって作業していた。冷房なく過ごせるのは急に秋が来たみたいだ。朝の時点で色々とタスクは書き出していたものの、結局写真の整理や本読みや走ることや書くことはひとつも消化できなかった。できたことと言えば数件のメールとブログのプラグインを少し変えたこととと過去記事の整理くらい。それだけで気づけば1日が過ぎていた。最近はずっと外に出ていたからたまにはこういうのもいいかという自己肯定。PCの前に張り付いているのは体にはあまりよくない気がするけど。

写真や映像を日頃扱っているせいか、最近なかなか映画や映像作品を見る気になれない。その分自然と活字に意識が向く。このブログを編集する流れから、ふと昔見ていた人たちのブログが見たくなって幾つか検索してみた。まだあるかな、うおー、ある。ページが見つかりませんの表示や、ブログサービスそのものが終了しているものもあった。10年という歳月は永続的と思われるインターネットの世界でも繁栄と成熟と衰弱を生むようだ。それでも残っているブログを見つけて、懐かしい気持ちでページをめくった。

10数年前のブログは多くが日記のようなものだったことを思い出す。SEOやタグを意識することもなければ、キーワードや収益も考慮しない。それぞれが、自分自身と外の世界の狭間を埋めるようにただ文章をしたためている。まるで精神分析をするみたいに。それが今とても新鮮に思えた。そういうブログは今では少なくなったように思う。スティーヴン・キングが「文章の良いところは時代を超えて物事を瞬時に伝えれること、それはテレパシーなのだ」というようなことを言っていたのを思い出した。15年くらい前のブログと、現在。2000年代のインターネットの雰囲気にしばらく浸かっていた。

今ちょうど尾原和啓さんの「プロセスエコノミー」という新著が話題になっている。情報が溢れテクノロジーは進歩し、商品やサービスそのものが均一化してしまい、いくら良いものを作っても競争力を得にくい時代になった。だから商品を作る過程=プロセスそのものを経済的生態系として捉えるという考えである。新しい言葉をつくるのがうまい尾原さんらしい本だと思ったが、確かに昨今のインターネットにおけるサービスはクラウドファンディングもオンラインサロンも個人的生活をログり続ける系のユーチューブも全て、過程を見せて物語を共有することでそれが商品と同等かそれ以上の価値を帯びるような構造になっている。主軸となる商品やサービスは設定されていながらも、そこに向かう過程そのものがコンテンツ(商品)として成立している。狩りをする人間の仕留めた獲物を頂くのではなく、狩っている姿を見ることを楽しんでいるようなものだ。

それで2000年代のブログもプロセスエコノミーではないかと思った。特にあの個人的な日記のような、ひとり精神分析のようなブログたち。そこではPV数も収益もほとんど考慮されていない。もちろん当時も職業的ブロガーはいただろうが、圧倒的に数は少なかった。それはインターネットがあくまで現実に付随するサブ的な場所だったからだろう。だから自分の中に深く潜るように、あるいは現実の場所とは異なる場所でもう一つのアイデンティティを生きるように、誰もが好き勝手書けた。そしてそのようにして書かれたブログを友人や知人でなくても、まるで友人や知人のように読むことができた。その世界には嫌悪やヘイトもあったかもしれないが、共感や応援や称賛や喝采だってあったはずだ。当時のブログには主軸となる商品は無く、純粋に過程=プロセスしかなかったのかもしれない。

雨が少し弱くなったので外へ出た。街に人通りは少なく渋谷全体が葬式みたいに静かだった。街が静かなのはコロナのせいなのか、雨だからなのかと考えながら夕飯を買って帰った。サンダルの隙間から足に当たる雨が冷たかった。レモンサワーを作っていると田舎の母からラインが来て、ピンぼけした花火の写真が同じような構図で4枚送られてきた。地元の花火大会も過去一番くらいに人出が少ないらしい。そこでようやく、今日がお盆であることに気がついた。

非効率な人間の撮る、非効率な写真。

カメラが光学的であるが故に写真は本来的に非効率的なものである。第一次メディウムがフィルムからイメージセンサーになってある程度プロセスは効率化されたとは言え、光とレンズと撮像素子という構成要素は未だ変わらない。カメラ・オブスクラ=暗い部屋からiPhoneになり随分薄っぺらくなり空間的な醸造感は無くなりつつあるが、代わりに背後ではデジタル処理が走っていて結局光・レンズ・センサーを必要としている。むしろポストプロダクションの多様性、つまり無限にあるソフトウェアや処理方法を考えればメディウムがフィルムだった頃よりも複雑さを増し、より非効率になったと言えるかもしれない。

生きることも本来的に非効率なことである。食べて消化して栄養素にして排出するという構成要素から人間は逃れることができない。ジュリア・ロバーツみたいに「食べて祈って恋をして」いるならまだ楽しそうだが、私たちは食べて消化して排泄することに多大なエネルギーを使っているのが現実だ。世の中は効率化のコツみたいなものに溢れているが生き方を効率化しようなどという発想自体が怪しいことになる。人間がそもそも非効率な生き物なのだから。非効率な写真と非効率な人間。非効率な人間の撮る、非効率な写真。

朝4時に起きて移動して良きロケーションで撮影して、家に戻って昼寝して、別の仕事を挟みつつ写真をセレクトしてアタリデータも作って。非効率ながらも最高な1日だったという話し。面倒なことはなるべくやりたくないが、幸福感や充実感をもたらすのは非効率なことなのかもしれない。夕飯はまだ。

twitter : @tokimarutanaka
instagram : @tokimarutanaka
note : Tokimaru
store : TOKIMARU ONLINE
YouTube : Tokimaru Tanaka

Summicron 35mm ASPH. レビュー

はじめに

今年に入ってズミクロン35mmを使うようになったので、このブログでレビューめいたものを書いてみる。noktonの40mmを買おうか迷った末、ファインダーが合わないのが気になり、気がつけばsummicron 35mmをポチっていた。

ライカで使うレンズはどういうわけか今までずっと50mmだった。レンタルして一時的なテストのために、28mm、35mmはズミルックス含めて試してはきた。しかしフィルム時代のMPでも、デジタルになってのM10-Dでも組み合わせるレンズは50mm一本。それも決まってズミクロン

思えば商業的フォトグラファーを志すようになって、学校を出て初めて買ったレンズもニコンの50mmだった。(FEというフィルムカメラにつけていた)

最初に見たものを「親」と思うヒヨコのように、それ以来僕の中で50mmという焦点距離はひとつの基準というか、基本のようなものになった。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

35mmという焦点距離

35mmという焦点距離についてはどうだろう。

これも個人的な経験からしか語ることができないのだが、また一つの基本形であることに変わりはない。そしておそらく僕がここ10年間で最も多用してきた焦点距離だ。

写真をはじめて間もない頃、尊敬する写真家の先輩と高円寺の喫茶店で話している時、なにかの流れで彼がJuergen Tellerが主に35mmを使っていることを教えてくれた。(その後機材まで全く同じコンタックスG2を買うことになる)
僕はそれ以来、35mmの魅力に取り憑かれて、ひたすらに35mm判の35mm焦点でいくことになった。もし彼が、ヨーガンに、あるいは写真やカメラについて語ってくれなかったら僕は今頃写真をやってなかったとさえ思う。誇張ではなく。

それくらいに、僕は焦点距離や機材に関して無頓着に写真を撮っていた。当時勤めていた制作会社でもズームレンズが基本だったから、考える余地もなかったのかもしれない。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

35mmレンズを使う写真家たち

それ以来、35mmの写真家たちを追いかけることになった。

ヨーガンをはじめ、Josef KoudelkaLee Friedlander、Matt StuartやAlex Webb。Ari Marcopoulos、マーク・ボスウィックStephen Shore。それから僕の個展にコメントを寄せてくれた、Bryan Derballa。

荒木経惟、沢渡朔、鈴木親、ヒロミックス、Sandy Kim、奥山由之、笠井爾示、半沢健。

ライカ使いで言えば、瀧本幹也、佐藤健寿、操上和美に藤代冥砂、桑島智輝。(敬称略)
などなど。全て僕の間接的な”先生”たちだ。

挙げればきりがない。それほど使う写真家は多く、普遍的な焦点距離だとも言える。

もちろんここに上げた写真家たちは35mmだけを使うわけではない。だが、35mmで多くの素晴らしい作品を残している。

なにより、35mmは旅の香りがする。そして僕は上に述べたような普段バチバチの商業写真を撮影しているような写真家が、日常や、旅の途中に撮る写真がたまらなく好きだ。ささやかな物語を自分ごとのように感じられるし、35mmというフォーマットには親密性があり、それがとても写真的に伝わるから。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

現行ズミクロン

現行ズミクロン 35mm
現行ズミクロン 35mm

ライカレンズはその耐久性と同じマウントを使用していることから、50年前のレンズでも今使うことができる。そのためレンズ構成のアップデートにより、何世代、〇〇ジェネレーションといった呼び方をされる。

世代による描写比較、みたいなものは他のブログに任せるとして、ここでは僕が使用している現行のズミクロン35mmについて書く。

現行は世代的には4世代目となり、発売日は1997年。意外と古い。主な構成は変えずに、コーティングや細部をリニューアルして2016年に登場したのが、この「現行」と呼ばれるズミクロンだ。

4年前ということなので、他のメーカー感覚からすると古く感じるかもしれない。しかしライカの場合「レンズにセンサー開発のほうを合わせる」という他とは逆の方法をとっているため、レンズ寿命は遥かに長くなってくる。

個人的にはこの「現行デザイン」が好きだ。50mmも現行を使用している。

このように時代に合わせてデザインされたという解釈を勝手にしています。真相は定かではないけれど。

描写力と使い勝手

見出しをつけておきながら、描写力って、言葉にすることが難しい。

「開放からキレる」と言われればそんな気もしてくるし「絞り込めば隅々までシャープ」と言われればそういう気もしてくる。ボージョレ・ヌーボーが毎年「比較的にだいたい良い」ように、ライカレンズもどこにでもだいたい同じような「良い」ことが書かれている。

何より画像圧縮度合いや、ボディ、閲覧環境によっても大きく変わってくる。だから僕は描写力について述べることをいつも躊躇してしまう。

そして個人的にも「高い描写力」みたいなものを最初から求めていない。それよりも、どこでも持っていけるコンパクトさと、そこそこ写る(と思わせてくれる)感じと、ちょっとやそっとでは壊れない耐久性。正直な話、それがあればどんなレンズでもいい。

でもその条件を満たすレンズというのは案外少ない。Summicron 35mmは見事に満たしている。だから使っている。

ここでは写真をあげることで、その性能の説明に代えさせてください。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

50mmレンズもそうだけど、引き寄りで標準っぽくも広角っぽくも使える。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

デジタルにおいて「トーン(色味)」はセンサーに左右されることが多いけれど、さすがにセンサー側に寄せてレンズ開発されているだけあって、jpegでサラッと撮影してもなんの違和感もない。ハイライトも心地よく抜けてくる。

snow peak sku
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

ブツ撮り。金属表現はズミクロンが得意とするところ。なぜだろうと考えてみたら、それはおそらくシャドーが良い締まり方をするからだろう。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

コンパクトだと毎日持ち歩ける。持ち歩けるとストリートでブツ撮りができる笑。

35mmは金属製のはめ込み式レンズフードが純正で付いている。僕は取り回しやすさの観点から、フードなし、リング付けで持ち歩くことが多い。そうするとズミクロンの50mmよりもコンパクトな撮影システムができあがる。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

山でも、街でも、旅行でもオールラウンドに使える。風景写真のように50mmだと少し窮屈さを感じる場面でも、35mmならなんとか上手くまとまる。そして一眼レフのように移動の妨げにならない。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

花のような身近なものを撮るのに、35mmほど適した焦点距離は無いだろう。昔のコンパクトフィルムカメラによく使われていたことを考えれば納得だ。

最短撮影距離はライカ標準の70cmだが、引いても寄っても心地よい。マクロで撮れないもどかしさも、時にはそれがレンジファインダーライクな味となる。

Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.
Leica M10-D, Summicron 35mm ASPH.

人生をドキュメントするにあたり、僕は50mmと35mmがあればもう何もいらないと思うようになった。そういう意味では、50mmでも35mmでもどちらでも良いはずだ。
しかし、35mmで譲れないところがひとつある。それは飲み会での向かいの席を撮れるということだ。50mmだとどうしてもひとりにフォーカスされてしまい難しい。35mmは上手く収まるし、とっさの集合写真にも対応できる。そこが好きだ。

テクニカルデータ

summicron 35mm ASPH
summicron 35mm ASPH  Amazonで購入
レンズ構成5群7枚
距離計連動範囲∞〜0.7
フィルター径E39

絞り
設定方式 :クリックストップ(1/2段ステップ)
最小絞り :F16
絞り羽根 :11枚
バヨネット :ライカMバヨネット方式
レンズフード :ねじ込み式

寸法/重量
長さ :約35.7/54.4mm(レンズフードなし/装着時)
最大径 :約53mm(レンズフードなし)
質量 :約252g/287g(レンズフードなし/装着時)

まとめ

よく「無人島に一本だけもっていけるなら、どのレンズを選ぶか」という話をしたりする。

実はこの問いは、非現実的なものではなくて、撮影者にとっては考えるべき命題ではないかと思うのだ。

なぜなら身体ひとつで撮影している時は、一本のレンズしか使えないからである。もちろんズームレンズを使えば、あらゆる焦点距離を一本で自在にコントロールできるようになる。

しかし持ち運べるコンパクトさやカメラと一体化して写真を撮る歓びは、一本を決めたときに体感としてもたらされるものだ。焦点距離を決めることは写真家の意思表示ともなり、スタイルになりうる。

好みの焦点距離と出会った時、家でも、いつもの街でも、そこは冒険できる無人島と化す。お気に入りのレンズをみつけて、それぞれの冒険を楽しんでほしいと願う。ただし、レンズ沼だけには落ちないように笑

leicam10-d

作例写真増量版は、ノートで公開中です。

ご案内

twitter : @tokimarutanaka
instagram : @tokimarutanaka
note : Tokimaru
store : TOKIMARU ONLINE

Leica M10-D のすべて

スノーピークのチタンマグで、家キャンプ

最近は自粛せずに、もう普通に暮らしている。

そう言うと怒られそうなので、付け加えておけば、「三密」は避けています。(さんみつ、と言葉を発する度に、なぜかいつも「壇蜜」が僕の頭の中をよぎる。壇蜜は避けても避けられない。むしろ、密になりたくても簡単になれない、それが壇蜜だ。何を言ってるんだろう)

インフォデミックという言葉があるように、正しい科学的情報を得ずに、多くが怯えすぎだ。そのような人たちは、テレビをみて、常時インスタやツイッターやフェイスブックを見ているのだろう。

電車は空いてて移動は快適。お気に入りの定食屋も独り占め。子連れ狼に親戚集合でマスク会合、むしろ、近所のスーパーやストリートの方がよほど危険。

キャンプを”自粛しなければならない”ので、家でキャンプをする「家キャン」なるものが流行っているようです。

その気持、わかります。山の道具を、家で使うのは結構楽しいから。

僕はものを持ちたくないという理由から、山の道具を家でもよく使っているけど、考えてみればそれは毎日家キャンしているようなものだ。

テントと寝袋は持っていないから、そこまで本格的な家キャンはやってないけれど、もし持っていたなら、部屋の中にテントを立てて、寝袋で寝ることを試したかもしれない。想像するだけで小学生のころに戻れるかのようだ。

家キャンに簡単に入れるアイテムは、マグだろうか。

部屋の中の全ての家電をOFFにして、森や川の環境音を小さく流しながらこれでコーヒーでも飲んで目を瞑れば、都心にいながらにして大自然を感じることができる。かもしれない。

snow peak チタンシングルマグ 300

titanium snowpeak mag
チタンシングルマグ 300

チタン素材で丈夫で軽くて、インダストリアルなデザイン、アウトドアな出で立ち。

マグはたくさんあるから、どれを持つべきか正直迷います。

上記写真の、チタンシングルマグ300を選びました。チタンの軽さと耐久性と、そのなんでもないデザインが気に入ってます。

選べる容量と種類

220ml, 300ml, 450mlというバリエーションが選べるのも嬉しい。

キッズには220でしょうか。小さくてかわいい。スノーピークのオフィシャルサイトにはアイテムを使用した写真があります。やはり道具は、想定された場所で使用することで、一気にその雰囲気が立ち現れてきます。これを見て、キャンプ道具における環境写真の重要性を改めて感じました。

素材は、ステンレスとチタンから選べます。

スクーの記事にも書いたように、それぞれ特徴があります。マグに関しては容積がある分、重さが顕著にあらわれる。チタンの少しザラッとした口当たりが気になる人は、ステンレスが良いかもしれませんね。

そして更に、シングルウォールとダブルウォールという2タイプが存在します。

ダブルウォールは名の通り、二重構造になっていて、飲み物の温度変化を抑えることができます。その分、重量も重くなる。家キャンや、キャンプなど、重量を気にしないアクティビティではダブルの方が使い勝手は良いかもしれないです。シングルは全ての荷物を背負って歩く、トレッキング野郎かミニマリスト向き。

またシングルウォールの利点として、直火にかけれるということが上げられます。メーカーは推奨していないけれど、飲み物を入れて、そのままバーナーにかければあっという間にホットドリンクの出来上がり。これは一度やってしまうと、病みつきになる簡単さです。家でもガスコンロにかけてしまいそう。

ナルゲンボトルと密になる

また、個人的に300mlサイズを使うにあたって、外せないポイントがあります。

それは

titanium snowpeak mag2
ナルゲンボトルと密になってしまったチタンシングルマグ300

ナルゲンボトルがチタンマグ300にすっぽりと収まってしまうのです。

バックパックの容量が限られた冒険においては、持ち物をどれだけスタックできるかが生死をわけます。

いつもマグの中に、コーヒーやお茶を詰めていたのだけれど、この二人が密になることを発見してからは、このようにして持ち運んでいます。

人と密になれないぶん、ナルゲンとチタンマグを密にさせておく。なんという発想。これには小池知事も何も言えないでしょう。

ナルゲン(発音的にはナルジン)ボトルも使えるアイテムなのでまた別の機会に紹介したいです。

チタンマグで何を飲むのか

チタンマグでは何でも飲める。コップだからそれは当たり前だ。

山では、コーヒーかお茶を飲むことが多いです。

最近は、バタフライピーというハーブティーが、山頂でキマることに気づき始めた。(怪しい脱法系じゃないヨ)

the garden tea

ローランドも飲んでると言っていたような。

見た目は青くて少し怪しいけれど、味はやさしくおいしい。

効能などはここでは書かないが、レモンの風味と酸が爽やかに良くて、山で疲れた身体に効く気がする。ビタミンも豊富らしい。ものによってはカモミールもブレンドされておりノンカフェインなので、寝る前もOKだ。山で寝てはいけないけれど。

これから経済を戻していくには、政治的な力だけでなく、個人的な意識と努力が必要になります。

自粛は各自でするものであり、他人に強制するものでは決してありません。コロナに関する些細な言動が憎しみに繋がり、差別の連鎖を世界中で生み出しています。

十分に気をつけながらも、なるべく普通に暮らすこと。

そして時間の経過をかみしめて、少しでも前へ進むこと。

今猛烈に、普通に暮らすことの有り難みを感じています。

そうすることによってしか僕たちは元に戻れないのではないかと。そんなことを、山の上でひとり考えていました。

Tanzawa, Kanagawa 2020
Tanzawa, Kanagawa 2020

ご案内

twitter : @tokimarutanaka
instagram : @tokimarutanaka
note : Tokimaru
store : TOKIMARU ONLINE

ツイッターで写真論

写真論というほど大げさなものでもないのですが、ツイッターで写真のあれこれつぶやいています。

140字というコンパクトさは思考の”有限化”がなされて良いです。

「ごちゃごちゃ言ってねえで、いいから撮れよ」
と、いままでの先生方の声が聞こえてきそうです。笑

写真撮りにいってきます。

ご案内

twitter : @tokimarutanaka
instagram : @tokimarutanaka
note : Tokimaru
store : TOKIMARU ONLINE

モノを増やさないために行う4つのこと

こんにちは、ときまるです。

モノ、捨ててますか?

僕はもう捨てるものが無いくらい持ち物がありませんので、最近は捨てていません。Tシャツを何枚か処分したくらいです。

捨てること自体に意味はありません。少し気分がすっきりするというくらいです。本質は、自分に必要なモノを見極めて、集中力を高め、生産性を上げることにあると思っています。生産性が上がると収益率も上がり、収益率が上がると少ない労力で生きることが可能になります。それが幸せかはまた別の話ですが、時間・資本・身体の余裕は多幸感の種になります。

少ないモノで暮らすことは、動物的な勘をとり戻すことでもあります。

私たちは日々多くの情報に晒されています。ニュース、会話、環境音、ディスプレイ。多くは目に見えないものですが、身の回りにあるモノはそれ自体が情報を含んでいます。そして無意識に作用します。

それらが無ければ否応無しに「自分」を見つめることになります。頭の上から足先の感覚まで、そして呼吸をしていて、今を生きています。

多くの情報に晒されていると、過去にしがみつき、未来の不安に怯えることになります。後悔と回顧、期待と落胆を繰り返します。

モノではなく、身体にフォーカスすると現在を生きることができます。お腹がいたい、喉が乾燥している、鼻水がでる、背中が汗ばんでいる、筋肉痛だ、そのような今の全ての状態を受け入れて、過去の過ちを繰り返さないように、確固たる意思をもって先へ進むのです。今この瞬間に気づく力をつけて、過去を指針にして、未来への確かな行動をとる必要があります。

そのために少ないモノで生きることを選びます。
余計な飾りは放り捨てる。(feat. AKLO)

そんなにカッコつけながらも、僕は新しいものが好きです。買い物も好きです。だから買っては捨ててをいつも繰り返していました。今でもたまに買ってはすぐに捨てたりします。

5個セットのボックスティッシュを買って、2つ捨てたりします。3つとか、1つでいいんです。なんで5個なんですか。1つ売りのはなんでプレミアムでふわふわで高いのしか無いんですか。ごく普通の”スコッティ”を1個か3つ売ってくれませんか。いや、もう渋谷の街中で配っているポケットティッシュでいいです。それで良いかもです。

色々モノを捨ててきましたが、さすがに5年やってるとスタイルが固まってきます。そしてコツのようなものもわかってきます。

このようなツイートをしました。

この4つで物が少ない状態を維持できます。

1、3ヶ月に一回持ち物を見直す

タイトルどおりです。3ヶ月に一度、部屋の中やバッグの中で根を張っているモノを処分します。

雑誌やペン、消しゴム、書類。

部屋の中でまるで住む前からの定位置のように、ショッピングバッグが置かれていたりします。

君の定位置はそこじゃない。少し厳しくいきます。

モノだけでなく、支出に関しても見直してください。

近くのコーヒースタンドの月間サブスクリプション、ネットフリックス、ノートアプリ、課金ゲーム。3ヶ月の間にいろいろ支出が増えていませんか。

ノートに全ての支出を書き出して、どれが支出のメモリを食っているかを見極めてください。そして使用していないサービスは積極的にキリましょう。キリマンジャロです。

2、モノに執着せず今のライフスタイルに合わせる

三ヶ月前はサラリーマンだったのに、今はジャージでニート生活。

そんなあなたは、まずスーツを捨てることから始めましょう。

ライフスタイルは3年周期で変わるのではなく、この瞬間瞬間に変わることを意識してください。

スノーボードやサーフィンに年に1回しか行かないのに、ボードやゴーグル、グローブを溜めてませんか。行くその時に買うかレンタルで対応できます。あなたが毎日ランニングを行うのなら、ランニングシューズに投資する価値は十分にあります。

ブランドもので高額な2年前の服を大事にクローゼットにしまってありませんか。もうデザインもシルエットもあなたの気分ではないことを、あなたが一番知っているはずです。高かったからとか、このブランドだからという理由で使わない衣類を持つことは、時間・空間の大きな損失です。

春なのに、夏服や秋服を先取りして買うのも良いアイデアではありません。

今必要なものだけを持つこと。

これだけで随分身軽になります。

3、飽きの来ないものを選ぶ

先程述べたように、衣類は身体に纏うものなので、サイズの変化やトレンドの変化により必ず”飽き”がきます。

ではせめて、身にまとわないものは、飽きにくいモノを選ぶと長く使えます。

日々使うもの。

スマホやペンやノートやカメラ。バッグや洗濯機やまな板。

そんなこと考えていると、いやむしろ洗濯機いる?ということになってきますよね。

「飽きのこないもの」なんて実は最初から無いのです。

変化していないように見えて、人間もモノも一刻一刻微細に変化しています。それは劣化や成熟というかたちで、長い期間を経て現れてくる。

変化しないものなど、この世にはない。

そんな真理を片隅に置きながら、それでもロングライフデザインなプロダクトを選択することは、モノを増やさないことに役立ちます。

4、身の丈以上のモノを持たない

これは砕けていうと

レバレッジをかけない、ローンを組まない、借金をしない

ということにつきます。

僕はモノも含めて、生活の中の全ての決済をクレジットカードで行いますが、分割払いは一切しません。(仕事の経費、スタジオ費さえも)
というか、分割払いが出来ないカードを使っています。

カードを使うのは、現金を扱いたくないのと、カード会社との信頼を構築するためです。(ささやかですがポイントも有効です)生活の全てを単一カードで決済していますので、1年で国内線に4回〜6回乗れるくらいマイルがたまります。また信頼度を上げると、支払限度額が上がります。限度額が高額になると、ポイントの優位性が高まります。例えば100万の機材や、400万の車を一括でカードで買えると、値引率の交渉もしやすくなる上、ポイントによる割引率が向上するのです。

身の丈以上のものを持つということは、自分の支払い能力以上のものを購入することです。

家や車のローンは典型です。

資産はポートフォリオで考えなければなりません。

4000万の家を30年ローンで買ったとしても、手取り40万の会社員なら資産のポートフォリオは永遠にマイナスです。そして30年後にようやく家が自分のものになったときには、家の価値はほぼなくなっているでしょう。さらに今回のウィルスによる世界的驚異や、気候変動、災害、地価変動、世の中には様々なリスクがあります。家を30年ローンで買うことは、30年間4000万をそれらのリスクに晒しながら、借金をしていることと同じことです。何が最適解であるかは、資本主義の仕組みを理解し、世界経済を少し勉強すると見えてきます。それは予めそこにある情報であり、真理です。

身の丈以上のものを持たないだけで、身軽になり、生きることが楽になります。

全て現金一括、またはカード一括で買えるモノを持つ。ただシンプルにこれだけです。

少し長くなりましたが今回は以上です。

ご案内

twitter : @tokimarutanaka
instagram : @tokimarutanaka
note : Tokimaru

桜を撮る!4つのポイント

sakura-close-up

こんにちは、ときまるです。

本日、桜がもう開花したとのニュースが。

早いですね。

世界中で多くの混乱が起きていますが、季節は確実に変わりつつあるようです。

今日は桜の撮り方について書いてみます。

撮り方、なんてそんなたいそうなものでも無いのですが。

4つのパターンを覚えておけば、桜写真にバリエーションが出せますよ、というものです。

最後に被写体主義と既視感についてまとめます。なぜパターン化することで写真が上手く見えるのか。

それではさっそく行ってみましょう。

1、寄ってみる

定番ですね。寄ってみます。

背景にも桜をぼかして入れて、空の抜けも意識すると良いでしょう。

桜のピンクと空のブルーという組み合わせだけで、春を演出できます。

こちらはリコーのGRというカメラで撮影しています。

コンパクトなのにマクロモードがついているので、寄って撮れる最強のカメラです。画質も申し分なしです。

2、引いてみる

寄ってみたら、今度は引いてみましょう。

桜の木全体を写すのです。

画角は24~28mmくらいの広角がよいでしょう。

引き写真の時は、画面を占める被写体の割合を意識してください。

上記の写真は、桜8、芝1、空1くらいの割合になっていて、桜を中心とした構成になっています。

風が強い日に撮影すると、桜が宙に舞う絵を撮ることができます。三脚を使って瞬間を待ち望む系も良いです。

こちらの桜はニコンのD系で撮影しています。

趣味でも仕事でも使えるハイエンドなカメラで、桜を撮るにはなんの問題もありません。解像度が大きなモデルは本格的な風景写真を撮るのに適しています。

Nikon デジタル一眼レフカメラ D850 ブラック
Nikon (2017-09-08)
売り上げランキング: 110,713

3、前ボケ

続いては、前ボケです。

桜の花弁を画面手前に置いて、ピンとは奥の木に合わせます。

こちらの作例はそんなに良い例ではありません。もっと手前をボカして、ファンタジーな表現が「前ボケ写真」となります。

個人的にはあまりに手前がボケすぎると、別に桜じゃ無くてもよくなってしまうので、ギリギリ桜ということがわかる程度のボケでも素敵かなと思います。

1と同じくリコーGRで撮影しています。

4、環境を取り入れる

最後は、環境を取り入れることです。

桜だけにフォーカスするのではなく、桜が存在する環境を取り入れた写真です。

スナップとしての桜とも言えるかもしれません。

「公園」や「桜の名所」みたいな桜はたしかに美しいです。しかし撮影者も多く、同じような絵になりがちです。どれもストックフォト的な写真になってしまいます。

そこでおすすめなのがこの4つめの方法。

「さあ桜撮りに行くぞ」みたいな気合の入った感じではなく、自分の生活の延長線上でただ出会い頭に撮ってみてください。

言うなら脱力系でしょうか。

時にこのような写真の方が、桜の存在感や美しさを表現できる場合があります。そして、桜の名所で誰もが撮影している写真とは違うものを見ることができます。

こちらはM型ライカで撮影しています。

生活や人生を撮るにはどこでも持ち運べることが条件。ライカはそのような写真に向いているカメラです。

被写体主義と既視感について

誰もが撮影する被写体なので、桜写真で突出したものを生み出すことは正直難しいと思います。

こんなツイートをしました。

いろんな桜の撮り方があるし、どう撮ってもよいのが桜だとも思う。それは富士を描いたり、写真にすることと同じように、桜が多くのメタファーを含んでいて、象徴的で、かつ見た目にも優しいからだ。今年はどんな桜と会えるだろう。

Tokimaru

「どう撮ってもよい」

4つのポイントを述べてきたところで、突然つき放すようで申し訳ないですが、僕の結論はこの通りです。

例えば、芸能人が写っている写真は「あ、誰々だ」という認識をまずしますよね。その後に、肌キレイだなとか、髪型かっこいいなとか、サングラスどこのブランドだろう。なんて情報が入ってきます。写真そのものは情報となり、絵そのものに価値はありません。誰が撮ったってトム・ハンクスはトム・ハンクスなのです。

そのような写真を被写体主義的写真と言ったりしますが、桜もその部類に入ることが多々あります。

見て撮って「桜だ、キレイだ」ただそれだけです。

ただそれだけなのですが、被写体主義的写真を、写真的に観るという意識が、撮り手にバリエーションを持たせます。

そしてどのような写真でも「定形」というものがある。それはフォーマットであり、お約束のようなものです。

その定形(フォーマット)をなぞる形で写真を撮ると、上手く見えるのです。

なぜでしょう。

それは人間のもつ既視感のせいです。

子供は生まれた頃から親の顔を見続けて成長します。親の顔をみると安心するのはそのためです。人に限らず、モノやスタイルでも同じようなことが言えます。繰り返し見ているうちに、無意識のうちに情報が刷り込まれ、定形が形づくられます。

一度定形となったものを見ると人は安心します。

逆に、定形から外れたものを見ると、不安な気分や、不快な気分、違和感などが生まれます。いつもと違うからです。

ポートレートやファッション写真や広告写真にお決まりの定形があるように、桜写真(花)にも定形があります。

定形をなぞると安定して見える=写真が上手に見える。

そのような解釈で、今回は桜写真の”おきまり”をいくつか上げてみました。

新たな桜写真を生み出すヒントとしては、これらのお決まりから外れてみることかもしれません。

他の人が撮る桜が今年も楽しみです。

ご案内

twitter : @tokimarutanaka
instagram : @tokimarutanaka
note : Tokimaru