非効率な人間の撮る、非効率な写真。

カメラが光学的であるが故に写真は本来的に非効率的なものである。第一次メディウムがフィルムからイメージセンサーになってある程度プロセスは効率化されたとは言え、光とレンズと撮像素子という構成要素は未だ変わらない。カメラ・オブスクラ=暗い部屋からiPhoneになり随分薄っぺらくなり空間的な醸造感は無くなりつつあるが、代わりに背後ではデジタル処理が走っていて結局光・レンズ・センサーを必要としている。むしろポストプロダクションの多様性、つまり無限にあるソフトウェアや処理方法を考えればメディウムがフィルムだった頃よりも複雑さを増し、より非効率になったと言えるかもしれない。

生きることも本来的に非効率なことである。食べて消化して栄養素にして排出するという構成要素から人間は逃れることができない。ジュリア・ロバーツみたいに「食べて祈って恋をして」いるならまだ楽しそうだが、私たちは食べて消化して排泄することに多大なエネルギーを使っているのが現実だ。世の中は効率化のコツみたいなものに溢れているが生き方を効率化しようなどという発想自体が怪しいことになる。人間がそもそも非効率な生き物なのだから。非効率な写真と非効率な人間。非効率な人間の撮る、非効率な写真。

朝4時に起きて移動して良きロケーションで撮影して、家に戻って昼寝して、別の仕事を挟みつつ写真をセレクトしてアタリデータも作って。非効率ながらも最高な1日だったという話し。面倒なことはなるべくやりたくないが、幸福感や充実感をもたらすのは非効率なことなのかもしれない。夕飯はまだ。

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写真は自動的に始まる

新たな場所に移動して今日もまた新しい写真が撮れる事実は素晴らしい。つまり写真は撮っていて一生飽きることがない。飽きることができない。それは動く身体と変化する風景という二重の意味で散歩に近い。散歩には飽きる飽きないの概念がない。ただし、退屈はする。写真もそれは同じ。

写真に飽きた時はその飽きた内容を見極める必要がある。

私は写真に飽きているのか、このカメラに飽きているのか、それともこの生活に飽きているのか。自分に問う。するとそれは写真に対する飽きではないことがわかる。

一度飽きたと思って写真を辞め、例えばサーフィンを趣味にしたなら、サーフィンにカメラを持っていく。辞めたはずなのにとりあえずカメラを荷物に入れておく。すると、写真は自動的に始まる。それも以前よりも面白いかたちで。

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便乗して、屋久島

Yakushima Nov 2020

10月の終わり、秩父の山を旅している時にユーチューバーの友人が「屋久島に行く」と言うものだから反射的に「僕も行こうかな」とつぶやいてしまった。誘われてもいないのに、他人の旅に便乗するというのは、正統派の冒険家からすればあってはならないことかもしれない。いやそもそも冒険家というのは他人の旅に便乗などするものだろうか?自ら目的やルートを設定して、未踏峰や新大陸、地図上に無い村々を目指しながら自然に対して果敢に挑む者であるはずだ。それを自ら目的地を決めるまでもなく、行動中にサラリと口にされた友人の旅に便乗しようとするなんて。

そ も そ も お前は冒険家なのか?

名乗る機会がある度に「最後の文系冒険家」と名乗っている。写真家、内田ユキオさんの自称「最後の文系写真家」から敬意を込めて半分は拝借し、もう半分は以前付き合っていた彼女に、変な登山帽をかぶっている時に「なにそれ、冒険家?」とバカにされたことに由来する。(今書いていて思い出した)そうだ、ここから自ら名乗るようになったんだと。バカにされながらもなんだ結構自分で気に入っているじゃないかと。

自分の写真のスタイルとして、旅が写真に先立っていて欲しいという願いもある。写真を目的として旅に出るのではなく、旅そのものを目的としてその合間でちょっと写真を撮れたらいいなという気持ちだ。だから機材は軽くしたいし、できることなら写真も撮りたくない。そういう意味ではもはや写真家ではないのかもしれない。旅人でいたいし、観光客でいたいのだ。

どこかに飛んで、長めのトレイルを歩き、帰ってくる。

ちょうどそんな旅がしてみたいと思っていた。

Tokyo
Tokyo Nov 2020

山々を繋いで数日かけて歩くような旅もいいが、港、街、宿、山と人の気配のある場所を点で行くのも楽しい。

屋久島はそのような類の冒険に、まさにうってつけの場所に思えた。

Yakushima 2020
Yakushima Nov 2020

羽田から鹿児島空港へ飛び、友人と合流しプロペラ機の揺れに備えるという口実で芋焼酎をいただく。これが神がかりな旨さだった。鹿児島空港で飲む、鹿児島芋焼酎。しかも4種類ほどあって「利右衛門」を選んだ。純度の高い氷と、九州は阿蘇山系の水で割ってくれた。まだ午前中だったが、多くのGOTOトラベラーが焼酎を楽しんでいた。

鹿児島から40分ほどで屋久島空港へ到着する。

レストランというより食堂という雰囲気の食事処がひとつだけしかない小さな空港。

バスまで時間があったので昼食をとった。

Yakushima air port
Yakushima Airport

今回友人とは別宿だった。僕が便乗したため、予約するタイミングで既に満室だったのだ。初日はそれぞれの滞在場所で翌日の準備をしつつ休んだ。

屋久島は九州最高峰の宮之浦岳を中心とした、円形に近い島である。九州の島では奄美大島についで2番目に大きく、周囲が130km、全体像を把握するには車で丸一日以上かかりそうだ。島の90%が森林で覆われ多くの自然が残されている。島の中心部はユネスコの世界遺産に登録されている。

Yakushima Island

主な渡航方法としては飛行機と船の二通りがあり、料金は3000円ほどの差しかない。島には船で渡りたい派だが、体力と時間の関係で今回は飛行機を選択した。

主な港は3つで、まずは降り立った屋久島空港。

そして空港を起点に北側に宮之浦港、南側に安房港がある。多くの旅行者にとってこの3つが旅の始点となるだろう。

Yakushima
Yakushima

僕は空港近くに滞在した。が、この付近ほんとになにもない。イタリアンレストランが1件と大きなドラッグストアがひとつだけ。ほんとうにこれだけなので、空港付近に滞在する場合は注意が必要である。しかもドラッグストアには、惣菜やおにぎりなど普通に見かけるものが全く無い。野菜・肉などの生鮮食品はある。酒も充分にある笑。エアビー等キッチン付きの宿で自炊滞在する分には問題はないかもしれないが、ホテルの場合は夕食の有無を確認しておかないと食に困ることになる。

翌日は3:50起き、空港4:24発のバスで屋久杉自然館へ向かう。世界遺産の森を歩き、縄文杉を見て、戻ってくる弾丸ルート。屋久杉自然館からは荒川登山口までの登山バスが出ている。登山バスに乗るにはあらかじめ登山バスチケットを入手しておく必要がある。これは島内の所定の場所、観光案内所や弁当屋で買える。

登山バスは本数が限られているので、どれだけ早く屋久杉自然館に到着できるかがポイントとなる。この日も多くの登山客で溢れていた。バスを2台ほどやりすごし、3台目でようやく乗車できた。待ち時間に宿で準備してもらった朝食をとる。縄文杉まで5時間、帰り5時間、合計10時間を歩くことになるためできるだけ出発は早いほうがいい。路線バスの始発で出発しても、結局屋久杉自然館からの登山バスで待機をくらうのでこれを考慮して計画を立てる必要がある。

トレイルヘッドに立ったのは6時過ぎ、いよいよスタートだ。最初は暗い中、トロッコ線路の上をひたすらゆく。ヘッドライトが役に立つ。ようやく空が明るくなってくる頃には、歩き始めて既に2時間ほど経っていた。トロッコ跡の木道の上をひたすら歩いて、森の中に入るまでに随分時間がかかる。感覚的に言えば全ルートの7割はトロッコ線路上を歩くイメージだ。変わらない風景と足元が、辛かった。

森に入り2時間ほど歩いて、縄文杉にたどり着いた。

教科書で昔見ていたあの木が目の前にある。周囲を手を繋いで囲むのに20人ほど必要な縄文杉は、実際に手を触れるほどは近づけない。(おそらく昔は近づくことができて、手を繋いで囲めたのだろう)木道と二箇所の展望台の上から、遠目に眺めることになる。それでも森と縄文杉には1800年の時間が詰まっているように思えた。

途中で昼食をとり、帰りもひたすら木道をゆく。

長時間の歩行に右膝が痛みだし、耐えれずアスピリンを飲む。

トロッコ線路がいつまでたっても終わらない。まるで瞑想のような気がしてくる。

同じ風景、同じリズムで刻まれる自分の足音。トロッコ瞑想。

あと3時間ある。あと1時間30分はある。

その時僕らは、トロッコになっていた。

何を運ぶでもなく、何を目指すでもなく、ただひたすらにいにしえの時の彼方に忘れられた森の路線をゆくトロッコだった。

これ以上続くと人間に戻れなくなる寸前で、ようやく始点のバス停が見えた。

ぎりぎりだった。非常に危なかった。もう少し深く入っていれば、廃されたトロッコとして屋久島の深い森の中から永遠に戻れなくなっていただろう。

コースタイム10時間のところを7時間38分で歩いてきた。

距離にして20.6km、標高差1049m、35000歩、消費カロリーは2800kcalだった。

途中すれ違ったガイド付きのツアー客のことを心配した。おそらく定年後であろう高齢の方々も多く歩いていたから。

宿に帰ろうにも良い時間のバスがない。足も限界だった。

乗り継ぎ含め1時間ほどバスを待って、ようやく宿にたどり着く。温泉に入り、安房港付近の寿司屋で合流し、寿司を食べ、焼酎を飲んだ。三岳の原酒。疲弊した体に染み渡った。

次の冒険で、と挨拶を交わし友人と別れた。

その日は疲れすぎて泥のように眠った。

帰りの飛行機で福岡にたどり着いた頃、屋久島の森が心にじんと残っている感じがした。

写真フルバージョンはノートにて連載中です。

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カメラロール

Tokyo 2016 iPhone

iPhoneのカメラロールに入っている写真ほど、興味深いものはないと思う。僕はほとんど毎日カメラを持ち歩くから、iPhoneで写真を撮る機会は少ないほうです。それでも、数えてみると今のiPhoneに6000枚ほどありました。アップルの現写真ソフトであるPhotosには過去のiPhoneからの写真がほぼ全て入っているから、それはもう膨大な枚数です。(iPhoneが日本で発売されてすぐに初代から使っている)

内容はだいたいがつまらないもので、食事とか、友人とか、モノとか、スクリーンショットとか。メモのために撮られたものが多いけれど、たまに何かを本気で枚数多めで撮っていたりする。僕の場合は、カメラで撮影したものをiPhoneに同期させて他メディアに上げるというのをよくやっているので、他で持っている写真と重複しているものが多々あります。これが容量をかなり圧迫している!手を付けようとしても、毎回途中で断念します。量が多すぎてね。

甘酸っぱいところで言うと昔の恋人もよく出てきます。恥ずかしいやつや、懐かしいやつや。女は過去の写真を消すけれど、男は残しておく、なんてよく聞きますが本当でしょうか?性別は関係ない気がするのだけれど、そのような研究をやっている人がいたら教えて欲しいです。

もう一つ甘酸っぱい系でいうと、オークションのために撮影されているモノです。わたくし、これが意外にも多い。手放したものたちということになるわけですが、一応商品撮影のフォーマットに則って、割ときちんとブツ撮りされているわけです。作品的価値は全くないけれど、よせ集めると何かしらの圧力を帯びてきそうな写真群です。「オークションに出品された私物たち」というタイトルでもつければ、少しコンセプチュアルに響きます。全てこれで写真展やったら、誰も来ないだろうな。でも石内都さんが撮っているフリーダカーロや、母の遺品とビジュアル的にはほぼ同じです。
35mm、手持ち、自然光。

写真とは本来プライベートなものであるということが、カメラロールの写真群を興味深くするのでしょう。人は半径5〜10メートルそこそこのものしか撮れない、写真の現場性みたいなもの。誰もがiPhoneを持ち歩くことで、記録することがますます容易になった。iPhoneで写真を撮っている個人の数だけ、人生の集積がある。

しょうもないけど興味深い、カメラロールの写真たち。

肌理と写真 石内都

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表参道

ちょっと用事があって夕暮れ時に表参道を歩いた。

ずいぶん人通りが回復している。街を行き交う人々はみんなマスクをしていた。

人のいない表参道を少し恋しく思う。近所で散歩圏内なので、渋谷駅をぐるりと回り込んでいくルートとしてほどよい。緊急事態宣言が出されていた頃は良く歩いた。

表参道、2020年4月

4月ごろはランナーと、わん公くらいしかいなかった。

きっと表参道よりも、裏参道な性分なのだと思う。(裏参道は実際存在する。千駄ヶ谷方面に)

とにかく人出が戻ってきてよかった。

4月の韓国、5月の九州、8月のフランスが飛んでしまい、次の目的地も旅程の立て方も忘れてしまった。

多くの人がそうだと思うが、移動が制限されると居住地と親密になっていく。

近所の山には定期的に登っているけれど、だいたい渋谷に缶詰状態だ。

どうせ缶詰にされるなら、中央線のボヘミアンな街がよかったなと思うんだ。そう、吉祥寺、八王子、高円寺、中野に国分寺。音楽と人と食と、やべえやつら。アンティークにカフェに古着に喫茶店。女人禁制の焼き鳥屋。芸術と水とサニーデイ・サービス。とても写真的な街だし、写真を撮るならやっぱり中央線ではないかと。

そう言いながら写真はどこだって撮れる。贅沢は言っていられない。

雨予報だったのに、光が差してきた。

今日も暑くなりそうだ。

表参道、2020年6月

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