Bunkamura ザ・ミュージアムでマン・レイと女性たち展

滑り込みで最終日にマン・レイの展示を観てきた。Bunkamuraを通りかかる度に掲げられたポスターをちらちらと見て、ああやってるないつか行こうと思いながら結局ぎりぎりになるという。家から近すぎることもあって、いつでも行ける気になっているものほど、逃してしまう。ある音楽家の「写真撮ってる人は絶対に見に行け」とのツイートがリマインドになった。雨が降っていて傘を持っておらず、雨宿りをするかのように濡れながらザ・ミュージアムへ駆け込む。

マン・レイ

不思議な名前だ。写真をちょっとやっている人なら誰でも知っている。しかしその不思議な名前で知った気になってしまい、彼の作品を深く読む人は実際少ないのかもしれない。僕もその一人だった。いわゆる古典であり、写真の教科書に載るような人。ソラリゼーションなどの実験的な写真を生み出した人。ファッション写真の系譜の中にありながらも、本流から少し離れたところにいる人。カルティエブレッソンやロバートフランクのようなスナッピーではなく、商業写真やスタジオ写真、タングステンでのアッパーなライティングのプレッピーな人。後の写真家たちに多大な影響を与えた人。マン・レイ。

今回の展示はそのような浅はかな知識を更新できる絶好の機会となった。

マン・レイはアメリカ出身だがフランスで活躍した時期が長い。1921年にパリに渡る。ダリやピカソ、ココ・シャネルにマルセル・デュシャン。みんなパリにいた。彼らのポートレートも撮っている。ダダイストやシュールレアリストたちの時代であり、パリが最も華やかだった頃。その雰囲気はウディ・アレンの映画ミッドナイトインパリに描かれている。つまりマン・レイは一番いいタイミングでパリにいた。だからこそアメリカに帰ってからも写真家としての成功を継続することができた。

彼の人生を辿るように、作品はほぼ時系列に展示されていた。パリに渡って最初の彼女、可愛くモードなおかっぱ娘、キキ・ド・モンパルナス。当時の街のアイコンだった。7年くらい付き合って別れて、その後アシスタントとして志望してきたリー・ミラーと同棲する。マン・レイの代名詞になっているソラリゼーションを発明したのは、アシスタントのリー・ミラーだった。その次に付き合ったのは若く美しいダンサーのアディ・フィドラン。1940年にアディを残してパリを去り、ニューヨークに戻ったのちジュリエットブラウナーと出会い結婚。50歳だった。その後ジュリエットとは最期まで一緒にいることになる。パリの楽しさから一転、マン・レイにとってニューヨークは一度挫折した街であり、好きになれなかったらしい。それですぐに西海岸へ渡る。西海岸にも飽きて、再びパリへ。その後は写真もゆるく撮りながら、執筆や絵画に力を注いだ。86歳、パリで死去した。

マン・レイは写真家の範疇を超えた総合的な芸術家で、今回の展示も絵画、彫刻、立体、文章、様々な作品がある。およそ250点。満足感がすごい。

時代的に全てモノクロ写真。黒い服と帽子を着て撮られたリー・ミラーがいる。計算されたライティングはピータリンドバーグの写真を思わせる。もちろんピーターのほうがマン・レイを参照している。カザーティー公爵夫人のポートレート、カメラの操作ミスで多重露光され眼が4つになった不気味な写真。婦人はそれを気に入り、喜んで社交界に配布した。今まで見てきたマン・レイの写真にそのようなエピソードがあったことを知って、思わずにやけた。そういえばベレニス・アボットはマン・レイのアシスタントだったんだ。

マン・レイは1925年には、ポートレート1カット1000フランの写真家になっていた。35歳である。19世紀は1フランが今でいう5000円ほどの価値だったようで、換算すると500万程度になる。ただし世界大戦でフランの価値が大幅下落した時期でもあったので、現在の感覚に無理矢理置き換えるなら100〜270万ほどだったと推測できる。それでもトップクラスの報酬だ。

最期は絵画に傾倒していくところも興味深い。カルティエブレッソンもそうだった。写真から絵画へ。この流れについてはもう少し深く考えてみる必要があるかもしれない。

マン・レイという名前は偽名である。本名はエマニュエル・ラドニツキー Emmanuel Rudnitskyという。全然違うのが面白い。写真家としてデビューする時に、自らつけた名前だった。人間を意味するマンと、光を意味するレイ。光の人。どちらが姓か名か分からないことにマン・レイはこだわっていて、気に入っていたらしい。冒頭に書いた通り、確かに僕もマン・レイという名前に引っ張られてイメージを先行させたように、ネーミングすら作品なのではないかと思えるくらい強力なものがある。それはどうやら100年近く経った今でも効力を発揮しているようだ。

影響を受けやすいタイプなので、展示を見た夜に名前をトキ・マルに変更しようか本気で考えた。朝目覚めて、ばからしく思えて笑った。数年前に訪れたパリのモンパルナスの写真をもう一度見返してみようと思った。

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篠山紀信さんの「新・晴れた日」を観て – 東京都写真美術館

少し前になる。いやカレンダーの日付を見たら結構前だ。7月の半ば頃、東京都写真美術館で開催されている篠山紀信さんの展覧会「新・晴れた日」を見てきた。忘れないうちに感想をここにまとめておく。

現在東京都写真美術館はCOVID19の影響で時間ごとに枠を設けて入場者数を制限し、事前予約制になっている。WEBでの手続きが面倒だったので、そのまま行ったら入れてくれた。前回は森山大道さんの展示だっただろうか。一年ほど変わらない状況が続いていることになる。そしてなぜかビッグネームがこのタイミングで展覧会を行っている。

今回の展示は篠山さんの仕事を全体的に俯瞰できるような構成になっており、1960年代から2020年までの写真が2フロアに分かれて盛大に展示されている。篠山さんの写真を見ることは日本の歴史を見るのと近しい。それくらい時代を撮っている写真家だ。数年前で止まっているのかと思えば、2020年に撮られた写真も展示している。2021の今もおそらく撮っているだろうし、そういうところに写真家としての基礎体力と、写真の持つ時間の質量を感じる。

明星の表紙を並べていたのは印象的だった。雑誌媒体使用の写真を大きなサイズで見ると気持ちがいい。アンブレラ一発のストレートなライティング。こういうことを巨匠に言うのは逆に失礼になるのかもしれないけれど、素直に写真うまいなぁと思ってしまった。鑑賞している時はそれが篠山さんが撮影したという意識は消えていて、被写体がそのまま前に出てくる感じ。写真の持つ強さと、写真家の技術が現れていた。アイドルから政治家から市井の人まで、全て写っている。

人物だけでなくランドスケープもある。プールを大判で絞り込んで撮っている写真。アンドレアス・グルスキー的な手法だ。グルスキー以前から、グルスキーしている篠山さんはすごい。

本人が語るインタビュー映像も良かった。「撮ってる姿勢が晴れた日」だと言う。人類学的ハレとケ区別で言うなら、篠山さんにとって写真は日常に属するケではなく、祝祭や儀礼に属するハレに当たるということなのだろう。「写真を撮り行く日はいつも晴れている。撮ってやるぞという気力。それが晴れた日の気持ち」

素直に羨ましく思ってしまった。そのような気持ちで毎回写真を撮ることができたなら、どれほど素晴らしいだろう。写真を初めた時は誰しもそのような気持ちを持つものだが、慣れてきたりプロになって仕事としてしまうと忘れてしまう。60年間そのような気持ちで撮り続けられていることが、篠山さんを篠山紀信づけているのかもしれない。

ヌード。東京の夜の公園なんかで撮っている。集合写真的な構成で。当時は撮影に関する社会的ゆるさはあったものの、フィルムだったので技術的には難易度が高いはずだ。当てていることを悟られないくらいのライティングもバランスが良くて美しい。

篠山さんはお寺の住職の次男坊として生まれた。次男坊のため寺を継げず、社会人も嫌で第一志望の大学にも落ちた。それで「好きなことでもやったらいいんじゃないかな」と吹っ切れたらしい。その後新聞広告で見つけた写真の学校に入学して写真を学び始める。

「当時は写真雑誌が10誌以上あって業界そのものが賑やかだった」という。カメラメーカーも賑やか。そこに写真家としての活動がうまく重なった。土門拳や木村伊兵衛が先輩として現役で撮っていて、会社ではなかったものの「写真業界に就職したようなもの」と表現している。さらに大学の同級生に沢渡朔がいて、夜間で通った専門学校の同級生には操上和美がいた。

私たちの世代からすると二周り上の先輩にあたり、まさに写真界のスター世代。今回の展示は日本の歴史を振り返ると共に、写真業界の歴史をも俯瞰するような良い機会となった。今は80年代と比べて業界そのものが賑やかではない。しかし当時と比べて今を悲観するわけでもなく、スターたちは今も撮り続けているわけで、そこに私たち世代の写真家がどのように立ち振る舞うか、どのように撮っていくかのヒントがあるような気がする。

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A 45 YEAR ODYSSEY 1973-2018 by MICHAEL KENNA

michael kenna

今年の初展覧会は、東京都写真美術館でのマイケル・ケンナでした。