The impact of the Pocari Sweat project by Yoshiyuki Okuyama

Otsuka Pharmaceutical’s Pocari Sweat, recently directed and photographed by Yoshiyuki Okuyama.

This is a bit of a buzz among photographers and stakeholders in the advertising industry.

https://www.otsuka.co.jp/adv/poc/tvcm202104_06.html

Otsuka Pharmaceutical is a Japanese pharmaceutical manufacturer that provides products that are useful for health. Another product, CalorieMate, is appealing and recognized by a wide range of people, and is produced with an advertising “unlikely” approach. Likes and dislikes are divided, but in the situation of school, it has been produced for many years with a tone that suits the words of group shooting of group acting, energy and sadness due to youth, and impression.

It reflects the corporate spirit and products, but it is born from the creatives around Dentsu, which is in charge of advertising.

Mr. Okuyama is a Japanese photographer who probably needs no explanation for the readers of this note. He is a filmmaker rather than a photographer.

There are several versions of this Pocari Sweat ad.

“But I saw you” and “New heroine Sena Nakajima”, like most recent advertisements, are linked to CM / Movie and graphics. As for the posting form, there is a multi-layered approach from station pasting to the web, storefront, SNS development.

So, first of all, what is amazing about Mr. Okuyama’s production method, but the easiest thing to understand is that it was shot with an iPhone.

He said, “I made a class of 30 people and took a document with my iPhone about how I actually lived in school. I made a poster by cutting out from the video.”

Mr. Okuyama has been in charge of advertising photography for Pocari Sweat several times in the past, and has published a photo book by itself. This advertisement is also produced with the same approach as that time.

As he wrote, he created a class of 30 people, had them actually live in school, and photographed it with an iPhone. Perhaps, in order to actually take multiple pictures in one day, indoor and outdoor group photos of entrance ceremonies, breaks, cleaning scenes, physical education classes, and all the scenes of school life are covered. The schedule is set up so that.

If you look closely, the school has only 30 students, so the background picture is unnatural. The budget and the situation of the corona may not have allowed the school to have the extras of all students. Without such restrictions, Mr. Okuyama would probably make a proposal to pursue reality.

However, even that seems to represent the quiet interior of the school due to the corona, which is a good visual effect.

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The Japanese version is available from the note.

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写真生活の英語版をSubstackで配信開始しました

フォトグラファーの先輩が、最近インスタグラムで過去の写真をアップし続けている。

SNSに写真を(仕事のも個人的なのも)投稿しないタイプの写真家だったので少し驚いていると同時に、ありもしない不吉なことを考えたりもした。ぐるぐる巡って、結局理由という理由は見つからなかった。

長く生きている写真家ほど競争力と、写真そのものの力は高まる。

5年前の街の風景なら、みんなの手元にあるアイフォンに入っている可能性は高いが、20年前に写ルンですやビッグミニで撮られてた渋谷のクラブカルチャーをネガで保存している人は少ない。

もちろん写真が時代を超えて残るには、ただ保存しているだけでなく、保存されるに値する写真を撮っておく必要がある。

1950年代のシカゴの写真をベビーシッターをしながらひたすら撮り続け、死ぬまで現像しなかったヴィヴィアン・マイヤーはとてもわかり易い例だろう。彼女の場合は、ネガの状態も良かったが、圧倒的に写真のクオリティーが高かった。本業写真家ではない視点が、時代を超えて新たな価値を生んだのだ。

そのように考えていくと、現在70、80歳の巨匠たちにはアウトプットの宝の山を持っていると思うのだ。彼らがすごいのはアウトプットだけに注力するのではなく、今でも街で、生活の中で、時には仕事として、写真を撮り続けていることである。

個人的には、長年、インスタグラムは写真をアーカイヴするには値しないサービスだと考えてきた。あくまで時流的なプラットフォームで、いずれみんな飽きて、忘れ去られるだろうと。

しかし最近、テクノロジーの進化速度、その周辺企業の資産価値とコンバージェンスを考えると、なんらかのかたちで半永久性を獲得するかもしれないと思えてきている。

さて、朝からそのようなことをぼんやり考えていて、緊急事態宣言も三度目の発動が決まり、酒の提供もなし、20時消灯、路上飲みも禁止とだいぶおかしなことになってきた。

速報続きのニュースにうんざりしながらも、移動もしづらい酒も飲めない中で、できることと言えば読むことと書くことくらいである。(フォトグラファーにとっては読み書きは何も文章だけを意味しない。写真を読むこと、セレクトして現像して書き出すことも”読み書き”なのである。)

なので、ノートでメルマガ的に連載している「写真生活」を、英語版でもお送りできるようにしてみた。

英語圏の読者にも、この身勝手でローカルな写真にまつわる小話を楽しんでいただけたら、これ以上嬉しいことはない。

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香港の窓辺から

ホテルの窓から見える景色が好きだ。

それがオーシャンビューでなくても、世界のどこかに確かに開かれているという点で、窓はいい。

レンズ非交換式コンパクトカメラを選ぶ理由

Hong Kong 2018 by DP1 ©tokimaru

これまで固定焦点距離のカメラを好んで使用してきた。
最近だとLeicaQ、Fujifilm x100f、s、Sigma DP2、リコーGR。フィルムであればBig mini、Contax T2、T3。

A 45 YEAR ODYSSEY 1973-2018 by MICHAEL KENNA

michael kenna

今年の初展覧会は、東京都写真美術館でのマイケル・ケンナでした。

湿気たシリアルは朝食のリアル

cereal

人は誰もが他人に理解できない事柄をひとつやふたつ抱えているものである。それは勇気を出して打ち明けたところで、共感され、新たな友を得るような結果になることはほとんどない。たとえ共感を得られて新たな友が出来たとしても今度はその友と共に、そのまた他人に理解出来ないことを抱えて生きていくことになる。だから誰もがそのような事柄を心の中にそっとしまったまま、毎日を過ごしている。

何かの縁である。ここでひとつ僕の事柄を打ち明けてみよう。

湿気たシリアルが好きだ。

シリアルは普段ほとんど食べない。だけど年に数回、無性に食べたくなる時があって、買ってきては一度に結構な量を食べる。パリパリ、サクサクの食感が売りであろうシリアルを牛乳でふにゃふにゃ寸前にすることから全ては始まる。カレーを美味しくするために数日寝かせるように、シリアルを開封したまま数日寝かせることもある。東京の有害な湿気をたっぷりと吸ったシリアルは、牛乳につける前からしっとりとした歯ざわりに変わり、ミサで食べる小さな白いパンのような神聖さを獲得する。

どうせ牛乳でふやかすのだから、最初からふやけていてもいいじゃない。そんな投げやりな気持ちもありつつ、ふやけすぎては食べる気が起きない。オレンジジュースの温度やラーメンやパスタの麺の硬さのように、その加減はとてもデリケートなものだ。

牛乳もヨーグルトも使わず、そのまま食べるのも好きだ。最初から湿気てしまっているので、牛乳を使わずとも良い食感になっている。

ポテトチップスも同じ類に入る。湿気ていればいるほどいい。友人の家や自宅で飲み会をした次の日に、テーブルに残された湿気たスナック菓子群。朝か昼に片付けをする際それらが妙に減っているとき、犯人は9割僕だと思っていい。

湿気たシリアルやポテトチップスにはある種の美しさが宿っている。時間の経過、製品としての食品的劣化、昭和から現存する古い建物や忘れられたテーマパークを訪れた時の過去の遺産に立ち会った気分、湿気た空気と郷愁。でもまだカビてはいないそのギリギリさ。

誰にも理解されない趣向性を突き詰めた時に生まれるイノベーションがある。ジョブズがコンピュータからディスクドライブを、携帯電話からボタンを無くしたように、僕はシリアルから乾燥剤を無くしたい。もし商品開発部に配属されたなら、「湿気たシリアル」という商品をまず最初に売り出してみたい。

完璧なダンスというものがこの世に存在しないように、完璧なシリアルもたぶん存在しない。だからシリアルの不完全性の中に、湿気というオルタナティブを見出そうとするのかもしれない。それが実は朝食のリアルだったりする。

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