仕事の効率を上げるために

どんよりした曇りでスタートした寒い水曜日だった。午前と午後に打ち合わせを1本づつ。無意識にmtgとか打ち合わせとかオンラインとかリモートとかいう言葉を使い分けているが、その差異はどこにあるのだろうか。結局全てはmeetやface timeやzoomを使用して、遠くにいる誰かと話すことなのだが、その内容や仕事先によって相応しい言葉が異なる気がする。あらゆるリモート行為は参加人数によって態度と方向性があらかた決まるのではないかと思った。例えば20人もいるようなmtgでは必ず発言しないやつがいるし、自分自身もそこにいる意味があるのかなと思うような内容のものもある。そういう仕事はそもそもmtgが不要な、単純に事実を報告したり共有したりする場であることが多い。事前にアジェンダを共有して、テキストベースでできてしまう仕事なのだ。それをわざわざ画面の前に座ってだらだらとやって、仕事をした気になっている。仕事効率とか長時間労働是正とか働き方改革とか言いたいのならmtgは共有ではなく決定の場でなければならない。時は金なりというよりも時は命そのものであることにもっと自覚的になりたい。

オンラインで人と話す最適人数はおそらく3人くらいまでで、それ以上になると双方が対話というより視聴という感じになるのでリアルタイムである必要がない。視聴可能性=非同期であることはテキストベースで仕事可能な内容であるということ。3人を上限と見るのは、飲み会に近い。結局人は、みんながそれぞれに喋りたいのだし、喋れたほうが満足度も上がって、議論も深まり結論も出る。

それに付随して、電話も無駄でしかない。作業中にかけられるとイラッとするし、基本ミュートにしていても画面に出るのがうざい。ワンタップでI’m on my wayとかいくつかの選択肢を適当に押して内容をテキストでもらうと、はいOKです、という一言で済んでしまう内容なのだ。そういうことをこの場所でわざわざ書くのもどうかと思っていたけど、仕事のやりかたには大きな差異があることに気づいたので一応自分のスタイルは表明しておいた方がいいと思った。誤解しないでほしいがクリエイターやディレクターや編集者からのコンタクトは会話そのものに意味があるのでいいし、むしろ好きだ。もちろん友人も。僕がここで言ってるのは事務的で機械的で政治的で、時に暴力的なまでに無駄な仕事について。

夕方くらいに昨日もらった焼き芋を食べた。部屋のフローリングの床でキンキンに冷えた金時芋は甘くて美味しかったし、焼き芋を前回最後に食べたのはいつか思い出せなかった。

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