東京ロービート

香港から戻り2週間が経とうとしている。

戻った初日から仕事の打ち合わせを入れていたから、そのまま東京での日常が始まった。撮影とその後の一連のプロダクションを先日ひとつ終えたばかりだ。

東京と香港は時差が1時間しかない。それ故、前後のスケジュールをシームレスに組めてしまうのが良いのか悪いのか。

観光客状態を引きずったまま、僕はまだ村人に戻れずにいる。あの街の喧噪と、確かにあったような気がする連帯。それらは幻のようにふわふわと漂い、東京のロービートな日常に次第に溶けていった。

本を読む気も、映画を見る気も、外を走る気も起きず、その間にエチオピアの旅客機が墜落したり、ピエール瀧が捕まったり、NZのモスクが襲撃されたりした。

多くの過去の記憶が生気をもって立ち現れてくる感覚がある。90年代のローテクな感覚に、今の東京のロービートがシンクロするような。ハイテクも好きだが、ローテクも好きだったんだ。

異なるチューニングで音楽を奏でていたら、レギュラーなチューニングを忘れてしまうようなあの感覚。戻そうとしたけど、どこか違う。でもそれでいい。それがどこかに移動することの意味だ。チューニングは戻さずに、もうあと一週間。次の移動までの束の間のひと時を村人として生きようと思う。

そのような事を考えながら、渋谷の街中でコーヒーを飲んでいると、次第に本を読む気が起きてきた。

このままもうしばらくすれば、映画を見る気も、外を走る気も起きるかもしれない。