テクノ、東京徘徊、家を捨ててみる実験

ジャズの季節は終わり、最近朝はヴォーカルものを聴くことが多い。ノラジョーンズ、エドシーラン、BUMP OF CHICKEN、TM revolution、HONNE、QUEEN。それがヴォーカルもので、朝にふさわしい曲であればなんでもいい。hide with spread beaverやグローブやSADSは朝は勘弁だ。なぜか俺のSiriがたまに流そうとする。

太陽が登りきって、澄んだ冬の光が地面を突き刺す頃になると、テクノが流れ始める。それをテクノとひとくくりにするのは間違っているかもしれない。ハウス、エレクトロ、マイクロ、ダンス、ガムラン。アフリカ、ヨーロッパ、アジアから南米まであらゆるエレクトロアーティストを詰め込んだプレイリストをシャッフルでかけていく。

すると、世界旅行が始まる。

バックパックに入れる荷物は

・文庫本
・薄手の防水シェル
・カメラの予備バッテリー
・メガネ

だけ。行動時間と距離によってはバックパックを持たないこともある。

途中で水とジェルとナッツみたいな、行動食にもビールのつまみにもなりそうなものをコンビニで適当に調達する。今までは水筒を持っていたが、ペットボトルの水がウルトラライト適していると知ってから、ペットボトル派になった。”いろはす”の薄いボトルはあらゆるウォーターキャリーの中で最も軽量だ。環境のことを考えると、ペットボトルの使い過ぎは良くないのかもしれないが、石油を使って水筒を生産するのも結局は同じことなので、きちんと持ち帰りリサイクルに出せば、環境への負荷はそこまで変わらないと思う。

あとはひたすらテクノを流しながら、東京を徘徊する。

いろんなところで書いたり言ったりしているがAir Pods Proからもう離れられない。これがないと徘徊に集中できないし、楽しみが半減する。忘れて家を出た時は必ず取りに戻る必要がある。

この前は渋谷の自宅から、浅草まで14キロほどの距離を走ってきた。たまに止まり、写真を撮りながらゆるく行く。ランニングでもなく、フォトウォークでもなく、散歩でもない。あえて名前をつけるなら徘徊がふさわしい。電車や車移動では気づかない街の風景がある。人間模様が見える時もある。東京は徒歩での移動が一番面白いんじゃないかと思う。

吉祥寺まで行ったこともある。こちらも距離にして10キロほどで、高低差もほとんどないので、10キロマラソンを走ったことのある人なら1時間ほどで到着する。”井の頭線の意味”みたいなものを理解する手がかりになる。吉祥寺から渋谷までぴょろんと伸びている、誰のためおしゃれ路線は上京した者にとっては永遠の謎であるはずだ。まず道があって、人はそこに線路を作ったのだ。

自分の足で東京をマッピングしていくと、街の捉え方というのも変わってくる。電車の駅名を基準に街を捉えている人が多いと思うが、全く異なる姿が見えてくる。街と街とのつながりと、それらを結ぶ道、その距離感。東京に10年以上も住んでいながら、ここにきてまた新たな魅力を発見しつつある。

少ないモノで生活していて、今年に入りまたそれがエスカレートしているような気もする。

昨年冷蔵庫を捨ててから、冷蔵庫が自分の人生に全く必要なかったことを知ったし、それ以来バッグひとつで生きれるんじゃないかと思うようになった。実際、山に登る時はザックひとつで行くわけだし、そこには生きるために必要なモノが全て入っている。

そういうわけで徘徊途中に、今夜泊まる近場のホテルを探して、泊まってみたりする。週に1回程度だが、回数を徐々に増やしていけば何も問題なく生きていけそうだ。あとはコストとのバランスになる。

家に戻らずホテルに泊まると、徘徊が続いている感じがする。散歩といえば、出発した地点に必ず戻ってきそうな雰囲気があるが、徘徊は戻らなさそうな感じがする。

そういうわけで、テクノを聴きながら、ひたすら東京を徘徊していますという近況報告でした。

いっちゃってる感じで街を歩いているのを見かけたら、あっ徘徊中だなと思ってそっとしておいてください。

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